私には「お姉さま」と呼ぶ存在がいた。高校時代の先輩で、たまにしか会わないわけだが、とても穏やかな物腰で、素敵な考えの持ち主だったので、私はお姉さまと呼んでいた。
  それはお姉さまと久しぶりに会った、私が二十三歳のときの話だった。
「お姉さまは三つだけ願いを叶えてもらうとしたらどうしますか?」
  私の質問に彼女は、即答で「願いはない」と答えた。
「強いて言うなら、家族が幸せでありますように、伽耶ちゃんが幸せでありますように、私が幸せでありますように……かな。伽耶ちゃんはなんてお願いしたいの?」
  私は大真面目にそれにこう答えた。
「世界平和です。飢えのない世界、戦争のない世界、平等な世界の三つです」
「伽耶ちゃんは立派ね」
  お姉さまは少しだけ頬笑んで、自分の鞄からノートとペンを取り出した。
「じゃあ神様に履歴書を書いてみよう」
  お姉さまの突飛な言葉に、私は目をぱちくりとしてみた。
「私は神様に願いを叶えてもらえるに足る、素晴らしい人間であるから願い事を叶えてくださいってアピールするの」
「そんなことしてどうなるんですか?」
「意味はあると思うよ。神様っていうのは、この世の法則で立派って思われること以外も評価してくれるからね? 逆にエクセルワードが使えるなんてこと評価の対象にならないかもしれないし」
  ノートを渡されて、私は悩んだ。
  神様に書く履歴書なんて書いたことがない。これは就活のときよりさらに難しそうだった。
  結局たったひとつ、家族を大切にしています……と書いたところで手が止まった。
「私って神様にアピールできるところってあまりないんですね」
「そうかな。私はアピールできるところたくさんあるけれども」
  お姉さまは次のページを開いて、綺麗に揃った字でこう書いた。
  好き嫌いを言いません、友達がたくさんいます、嫌なことには嫌とはっきり言います、嬉しいことをされたら感謝します、家族を大切にしています、一日一日を大切にしています……
  お姉さまは思いつく限り、つらつらとノートが埋まるまで色々と書いたので、私は目を丸くした。そんなことまで神様にアピールしていいの?と思うことまできっちりと神様への履歴書には書かれたからだ。
「伽耶ちゃんだってアピールできるところたくさんあると思うけどな」
「……そうですね」
  私はがっくりと肩を落として、お姉さまの様子を窺った。
「……それで、何が言いたかったんですか?」
「自分に利益になる願い事を言うのはとっても楽だよね。そして立派な願い事を言うのはその次に楽。だけどきっと、反対に私は願いを叶えるに足る人物だってアピールするのはみんな下手なんだよ。どれだけ立派な願い事がいえるかじゃあない、『私は願いを叶えるに足る人間だ』って堂々と言えることのほうが、ずっと立派なんだよ?」
  お姉さまは最後に、私にノートとペンを渡してくれた。
「伽耶ちゃんの願い事をみっつ書いてごらん」

 私はペンを握って、しっかり考えた。

 ひとつ 私自身を好きになりたい
  ふたつ お姉さまとずっと仲好くありたい
  みっつ みんなでずっと幸せでありたい

 神様は願い事を叶えてくれるだろうか。

(了)

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