私が生まれて初めて人を愛したとき、その男も私のことを愛してくれていた。
だけど私はお金しか信じることができなくて、彼もお金しか信じることができなかった。
そこに悲劇が生まれたのよね。
私と彼はお互いを愛している証に、お互いに生命保険をかけたの。お互い相手を愛している分だけ、自分に保険金をかけましょうってこと。
私は相手を殺そうとは思わなかったし、彼も私を殺そうとは思わなかった。私たちは、純粋に愛し合っていたの。
だけどくどいようだけど、私も彼もお金しか信じることができなかったのよ。
だからね、私は彼を愛している証拠に、死んで、保険金が彼に渡るようにしようと思ったの。
私は自分に一億円かけた。
◆◇◆◇
「でも生命保険がおりるためには自殺じゃあだめだって知ったときには本当どうしようかと思ったわ」
「誰かに殺してもらえばいいじゃあないですか」
そこまで聞いていた右京は少し濃いめに入った冷たいアールグレイを揺らして、そう言った。
「あなただって知り合いがいるんじゃあないでしょうか」
「日本でプロの殺し屋を雇うのは難しいのよ」
◆◇◆◇
お金のために私を殺してくれる人ならいたのかもしれない。だけど私のために私を殺してくれる人なんていなかったの。
彼に罪のかからない方法で、そして自殺じゃない方法……そして私が死ぬ方法、その三つを考えていたときに私は宝石屋さんで綺麗な砂を見つけたの。
「これは何?」と聞いてみると、店員は「宝石の屑ですよ」と答えた。これは使える、そう考えたわ。
私はそれを購入してから、次に濃いめにでる紅茶を買った。家で待っているあの人の元にうきうき気分で帰って、そして「綺麗な色のついたグラニュー糖を見つけたのよ」と言ってみた。
私は宝石の粉を砂糖と"勘違いして"飲んだ事故死に見せかけようと思ったの。あの人は砂糖を入れない主義だし、これは完璧に死ねる…そう思ったわ。
◆◇◆◇
「美しいですね。宝石を飲んで死ぬなんて、クレオパトラよりもジュリエッタよりも美しい」
「月並みな自殺なんて面白いともなんとも思わないもの」
◆◇◆◇
私は、最期に飲むアールグレイを冷たく冷たく氷で冷やして、その中にぱらぱらと宝石の粉を入れて、そしてグラスをふたつ彼と私の前に並べた。
彼はとてもやさしく頬笑んで、そして「そういえば君の誕生日には生命保険を増やそうと思うよ」と言った。
私は「あら、じゃあ私もあなたの誕生日にはそうするわね」と応じる。増やすことなんて、もう私にはできないんだけど。
そのとき、彼が私の目の前にあった砂糖壷を取って、自分のグラスの中に入れたの。「あ…」と呟くと彼は「僕もその綺麗な砂糖使ってみたい」と言って掻き混ぜて、飲んじゃった。
すごく綺麗だったわ。窓からの光に透き通ったアールグレイの中で、赤と青の万華鏡のような色が…ちらちらとゆれて、そして彼の喉の中に消えていった。
「あまり甘くないんだね……」
「そうなの? 残念。私は飲まないわ」
本当に、がっかりしたわ。だって彼は、私を置いて死んでいってしまうんですもの。
彼は私が自殺するのを知っていたのか、それともまったくの事故だったのかは分からないけれども私の口座には二億円の金が入ることと、結果としてなりました。
彼が私よりもお金を多くかけていてくれたなんて、正直思わなかった。私が彼を愛していたよりも、彼のほうが私を愛していただなんて。
なんだか悲しくて、だけどお金しか価値を知らない私は涙の理由なんて分かるはずもなく、そして私は愛の証であるお金がすべての人生に、それから本当になったのよ。
これを吝嗇(りんしょく)と、右京ちゃんは果たして言うのかしら?
◆◇◆◇
「吝嗇とは言いませんよ」
右京はそのかつては多感なお年頃だったろう女に頬笑んだ。
「ただ強欲だと思います。もっとお金が欲しいだなんて、そこに愛はあるんですか?」
「お金は使えば減っちゃうのよ。私の愛も減っちゃうの、だから増やし続けなければいつかは底をついちゃうのよ。わかる?」
貪欲に愛を求め続ける女に、右京はアールグレイを揺らして、聞いてみる。
「それで、あなたがここに入れたのは砂糖なんですか?」
一口も、先ほどから口にしていない。
ちらちらと光る赤と青の赫きは、あのときと同じ美しさでそこに佇んでいる。だけどこの男は、愛のために死んではくれないし、そして愛はくれないがお金はくれる。
「どっちだと思う?」
里香がそう挑発するように言ってみると、「グラニュー糖ですね」と答えたのでその答えの途中式を聞いてみる。
「あなたは、その男を愛してなどいなかった。いや最初は愛していたのかもしれないけれど、その男の愛であるお金はいまやお金でしかないんですよ。僕を殺さないのは保険金を手に入れるよりもずっと搾取し続けるほうがたくさんのお金が手に入るからです。あなたは愛の奴隷ではなく、金の奴隷なんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は年甲斐もなく泣いてしまった。
なんであいつ死んじゃったの?私の周りにはもうこんな男しかいないのよ、あいつが死んじゃってから、私にお金を与えておけば満足だと思う男しかいないの。
あなたの愛を銀行で増やしたわ。今は利子で食べていけるくらいよ。だけど私の心はいつも空っぽなの、なんでかしらね?
たぶん愛はあってもあなたがいないからじゃあないかしら。
いっしょに使ってくれる人がいない愛もお金も、なんて、虚しいのかしら。
(了)