あるところに幸せの国という国がありました。
  そこは常春の気候で、古今東西の花が咲き乱れ、小鳥たちが歌うちいさな楽園でした。
  国民たちはみんな幸せでした。
  飢えもなければ、悲しみもない国でした。
  遥か昔、先祖がつくった人形たちが今もおいしい料理をつくり、掃除や身の回りのことを手伝ってくれます。
  国民たちは日がな赤い果実を食べるだけです。
  その果実には人の頭をぼんやりとさせ、気持ちよくさせる効果があります。
  果実でつくったワインを片手に、人々はぼんやりと日々を過ごします。
  口はだらしなく少し開いて、まなこはどこを見ているかわかりません。何かを考えることもあまりありません。

 ある女の子はあるとき赤い果実を食べるのをやめました。
  依存性のないその果実は、女の子に苦しみなどもたらしませんでした。
  そのかわり女の子は考える時間を手に入れました。
  そうして「なぜ、私は生きているのか」と考えました。
  毎日幸せに暮らしてきたけれども、生きている理由も生甲斐もないことに気づいたのです。
  母親に質問すると彼女はこう答えました。
「難しいことを考える必要はないわ。ワインを飲みましょう」
  女の子は友達に聞きました。
「そんなこと考えて何になるの。いっしょに果実を食べましょうよ」
  女の子は幸せの国を出ることにしました。

 数年後、幸せの国に手紙が届きます。

――幸せの国を出て、飢えている人がいること、悲しい別れがあることを知りました。酷いことをする人にも会ったし、やさしい人にも会いました。
  私は今、新しい家族と暮らしています。
  正直生活が楽とは言えませんが、幸せに暮らしています。
  私にとって、苦しいことも悲しいことも、幸せのひとつなのです。
  考えること、感じることができることが幸せでした。
  それでは、おげんきで。

 母親はその手紙を読んでも何も感じることも考えることもせず、ただワインを飲んで笑っていました。
  どこかにある、幸せな国のおはなしです。
(了)

 

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