変な山伏を発見した。
洞窟の中でろうそくをつけて、彫り物をしている偏屈なじじいだ。
「子供か」
俺のことを見て、その山伏はそう言った。
「子供じゃあないやい」
俺は思わずそう言った。俺は天狗だ。身長が伸びなくて子供みたいな姿をしているけれども、お前なんかより余っ程長生きしているんだぞ。
「嘘をつけ。気配でわかる、お前は私の腰ほどの高さもない背丈だ」
「目が見えないのか?」
「修行中に失明してな。まあだからと言って里に帰るつもりはないが」
木の幹をナイフで削りながら山伏は言う。
「わっぱ、どこの子だ? 麓の子か?」
「ずっと山育ちだ。里に下りたことはない」
「じゃあわしと同じ山育ちだな。わしより山に詳しいかもしれん」
山伏は笑う。俺は山伏の前にちょこんと座り、聞いてみる。
「人里からどうして離れた?」
「里に未練がなくなったからだ」
「お前、こんなところにひとりでいると、死ぬぞ?」
「今はわっぱがいるから二人だぞ?」
完璧に子供扱いだな、と思った。まあいい、わざわざ自分から天狗だと言う必要もないだろう。
山伏は俺に里の話を色々してくれた。収穫祭のこと、学校のこと、車という乗り物のこと、子供のよく読む絵本など。
中でも一番気になったのが、ピノキオというお話だった。
「嘘をつくと、鼻が伸びるんじゃ」
山伏はそう言った。
「嘘だ。俺、嘘ついてないもん」
「わっぱはみんなそう言う。鼻が伸びてないかさわってやろうか?」
「俺の鼻に触るな!」
触れようとした山伏の手を払いのけて、俺は言う。
「人間のほうが嘘つき多いじゃあないか。昔は山を神様とあがめていたのに、今じゃあ勝手に道路をつくったり切り崩したりするじゃあないか」
山伏は少し沈黙して、「そうだな」と言った。
「人間は嘘つきばかりだ」
男はそう呟いて、また黙った。この男はもしかしたら、人間に嫌気がさして山に篭っているのかもしれない。
「じじい、明日も来るから、生きていろよ?」
「すぐに死にはせん。いつでも来い」
山伏は笑ってそう言った。
俺は山葡萄を食べながら、自分の鼻を触ってみた。生れたときからこんな鼻をしているが、俺は正直者だ。山は自分を素直にさせてくれる。だから好きだ。
食べかけの山葡萄を見てふと、明日行くときに山葡萄を持っていったら喜んでもらえるだろうかと考えた。
俺は川で魚を釣って、山葡萄とむかごもいっしょに穫って、大きな葉っぱで包んだ。山伏は気に入ってくれるだろうか。
山伏と俺は友達だった。
他愛のない話をしているうちにいつの間にか日が暮れる。
「明日も来るからな、じいさん。まだ死ぬなよ?」
俺は去り際にそう言う。
「まだ死にはせん。いつでも来い」
山伏は必ずそう言った。本当にその関係がずっと続くと思った。
雨の降った日、俺は洞窟で雨が止むのを待っていた。山伏は隣で木彫りの人形を作っている。
「それ、ピノキオになるのか?」
俺はそう聞いてみた。山伏は笑って「そうなるといいな」と言った。
「だけどわしは、子供はもういらん」
山伏はそう呟いて寂しそうに笑う。彼の過去に何があったのか、俺は知らない。
そのとき、山伏がもっている"らじお"とかいうものが麓の土砂崩れを報告した。
じいさんはそれを聞いて青ざめると、立ち上がって雨の中に飛び出していった。彼が小さく息子の名前とおぼしきものを呟いたのが、耳に残った。
それから数日くらい経った日、山伏は洞窟に戻ってきた。
「せがれが死んだよ」
彼はそう言った。
「碌でもない息子だったけれど、生き埋めで死ぬなんてあんまりじゃあないか」
山伏はそれから食欲が落ち、日に日に衰弱していった。
俺はいつもと同じように「死ぬなよ、じいさん」と言って去る。それがだんだん現実味を帯びてきているのに、じいさんは「まだ死にはせん」といつも言った。
そうしてある日、山伏は死んだ。
天狗だろうと、人の命までどうこうする術はない。じいさんは最後の日、朦朧とした意識で俺を息子の名前で呼び、「お前のことを許さなかったわしを許してくれ」と言った。
俺は息子のふりをして、「お父さん、俺は父さんが大好きだよ」と言った。
俺は初めて嘘をついた。
山伏は安堵したかのような顔をして、そのまま息を引き取った。
ピノキオがいい子にしていると女神様に命を与えられたように、誰か俺のゼペットじいさんに命を吹き込んでくれないだろうか。
お話の世界はとてもいい。悲しい現実から目を背けられるから。
――嘘をつくと鼻が伸びるんじゃ。
人間は嘘つきだけれども、全部が悪い嘘じゃあないと思う。俺は山伏が大好きだったし、お父さんのようだと思っていた。だけど俺はピノキオのように本物の息子になることはできなかった。
そういえばゼペットじいさんが死んだあとにピノキオはどうなったのだろう。今の俺と同じように女神様に祈ったのだろうか、じいさんを生き返らせてくれと。
女神はピノキオにどう答えたのだろう。
「人間は生き返りません」
と本当のことを教えてあげたのだろうか。
(了)
(2010/02/11改稿)