07

「ジョワイユー・ノエル!(ノエル祭おめでとう!)」
  翌日、シャルロッテは朝一番にプレゼントの袋をふたつ持ってやってきた。
「ジョワイユー・ノエル。もうプレゼントもらったのか?」
「違うもん。これはルーとヴィリーのために私が用意したプレゼントだもん」
  ノエル祭は本来プレトリウスの風習ではない。隣国の、たしか天使がはじめて地上に降り立った日を祝う祭りだったはずだ。その国の伝説によれば、人間は天使が地上に住み着くうちに翼が退化した姿であって、俺たちは天界に初め住んでいたというらしい。
  今ではプレゼントをあげたり、もらったりする日という印象しかないけれども、イベント好きなシャルロッテはこの日のために俺たちにプレゼントを用意していてくれたみたいだ。
「じゃーん。手編みのセーターです!」
  そう言って二枚のセーターを俺たちの手の上に置く。
「へえ、けっこう上手く編めてるじゃあないか」
  社交界に着ていってもまったく問題なさそうなデザインだった。俺のは紺色、ヴィリーのは深緑色で、綺麗に模様編みしてある。
「半年前からちくちく編んでたんだよ」
「すげーすげー。ん? 半年前って言ったら夏じゃあないの?」
  夏からこの日のイベントに備えていたわけか。なんだか光栄なんだか愛が重いんだか。
「ヴィリー、サイズ合う?」
  さっそく試着しているヴィリーの横でシャルロッテが心配そうに見ている。だが、サイズはぴったりだった。シャルロッテが安心したように胸をなでおろし、俺のほうを期待の眼差しで見てくる。
  俺もセーターを着てみた。サイズは少し大きかったが、問題はない程度だ。
「ルーって見た目よりも痩せているんだね」
「まあここ最近で痩せたからなあ。夏から作ってたんだろ? サイズ違って当然」
  首のネクタイを緩めながら俺は笑う。シャルロッテがこちらを見てきた。
「ああ、プレゼント?」
「当然あるよね? あるよね?」
  目がきらきら輝いているぞ、シャルロッテ。そんなにプレゼントが楽しみだったのか。
「うーん……今年はちょっと忙しいのと不況とが相俟って、たいしたものが用意できなかったんだけど」
「ええー」
  やたらショックを受けたようにシャルロッテが呟いた。
「だからヴィリーと二人で、金出し合ってひとつプレゼント買ったんだ」
  シャルロッテの手を引いて、俺たちは隣の部屋へと移動した。そこには白い布をかぶった大きなシルエットがあった。
「いいか? シャルロッテ、驚くなよ?」
  ドキドキしているシャルロッテの前で、白い布を取り払った。中から出てきたのは社交界用のドレス一式だ。
「うわー! すごいっ」
「どうだ! ベリンダに今年の流行をしっかり聞いて街一番の仕立て屋に頼んだんだぞ」
「ヴィリーありがとう!」
  説明していたのは俺なのに、シャルロッテは何故かだんまりしていたヴィリーに抱きついた。
「シャルロッテは俺たちの家族同然だからな。そろそろ社交界にいっしょに出てもらうときの服を用意しようと思って」
「うん、うん、すごく嬉しい」
  青い布地にレェスをふんだんにあしらったプリンセス型のドレスにシャルロッテは大興奮だった。
「でもこのドレスに合う靴とネックレス探すのすごく大変そう」
  シャルロッテは困ったように呟く。そういえばドレスを用意するのに必死で、アクセサリと靴まで考えていなかった。
「せっかくのノエル祭だし、宝石店は開いているだろう。兄さんといっしょに選んでくればいい」
  ヴィリーがそう言った。
「おい、お前は行かないのか? ヴィリー」
「昨日までずっと宿題をやっていたから睡眠不足なんだ。少し休ませてもらうよ」
  休暇中も宿題があるとは、学生は大変だなあと思いながら俺はもらったばかりのセーターの上にコートを着て、シャルロッテといっしょに表通りの商店街まで向かった。
  シャルロッテはロングニットの下にスウェードのロングスカートを着ている。ミトンのような手袋と雪用のブーツも履いていた。
  俺のほうは紳士服だけれども、靴だけは軍用のブーツだ。雪が深い日はこっちのほうが滑らなくて便利だからこうしている。
「このピンヒール、すごく可愛い」
  まるでシンデレラのガラスの靴のようなピンヒールを見てシャルロッテが呟いた。
「やー、お前の場合転ぶからこっちのローヒールのほうがいいだろう。ピンクのトーシューズだぞ? 可愛いと思わないか?」
  ピンク色のベルベットでできたトーシューズを見せながらシャルロッテにそう言う。
  普段ならばすぐに出てくるはずの店長がなかなか出てこないから、近くに並んでいる靴をあれこれ見分しつつ俺たちは待った。
「先に誰かお客が来ているのかな?」
  シャルロッテが奥を覗き込む。
「よう、シャルロッテじゃないか。元気か?」
  奥のほうからハスキーな声が聞こえる。どこかで聞いた声なのだが、誰の声だったのかすぐに思い出せず、俺も奥を覗き込んだ。
「げっ……ルーベルト」
  そこにいたのはジミーとイリヤの二人組だった。なるほど、こいつらもノエル祭に乗じてデートしていたわけか。
「イリヤ、お前どんな靴をジミーにプレゼントしたわけ?」
  俺はイリヤの肩に腕を回すとにやにやしながらそう言った。
「ジミーは仕事で使っている靴に穴が空いたから、歩きやすくて仕事のしやすい靴をご所望だそうです」
  はあ、とイリヤがため息をつく。なるほど、こいつとしてはもっと女が喜びそうな靴をと思ったのに、ジミーときたら色気のある奴じゃあないからな。
「お嬢さんはどういう靴をルーベルトに頼んだんですか?」
「今選び中なの。どの靴も可愛いから、目移りしちゃって」
  シャルロッテがイリヤに「えへへ」と笑う。ジミーはその隣で踏ん張りのききそうなスパイクシューズをいくつか試している。もしかしたら俺の軍用ブーツよりもゴツいかもしれない、そんな靴だった。
「よし、これがよさそうだな」
  ジミーはその中でもひときわ男が履くようなブーツを選んだ。イリヤは店長にお金を払ってそれを買う。
「それじゃ、僕たちはお先に失礼しますよ」
  イリヤとジミーが店の外へ出て行った。残された俺たちは、店長と挨拶をする。
「ダンスを踊るときに向く靴を用意してくれないか? なるべくこいつの雰囲気にあったやつを」
「かしこまりました」
  店長はいくつかの靴を持ってすぐに戻ってきた。俺はシャルロッテにどの靴が気に入ったか聞いてみる。
「この靴が可愛い」
  その中から紫色のエナメルシューズを選んでシャルロッテは試着した。なかなか踊りやすそうなデザインで、おまけに可愛いときた。これで決定かな。
「じゃ、これでお願いします」
  シャルロッテが自分の財布からお金を出そうとする。
「俺が奢るよ」
「ううん、いいの。あんな素敵なドレス貰えたんだもの、ひとつで十分」
  遠慮がちなシャルロッテは、生まれて初めてのドレスの金額を気にしているのだろう。
「じゃあネックレスのほうは俺がプレゼントするよ」
  靴を買った箱を馬車の中に置き、今度は宝石店に入った。
  硝子ケースの中に並んだ宝石の数々を見て、シャルロッテが目をきらきらとさせる。近くにいたマダムは自分の指にいっぱい指輪をつけて、至福の時に浸っていた。
「こういうところ来るの、初めてか?」
  シャルロッテは大きく頷いた。
「このエメラルドとかどうだ? けっこう綺麗だぞ」
「ルー、値段見てごらんよ。ゼロがたくさん……」
  実家は金持ちと言ったって彼女は現在奉公に出ている身。持っているお金には限りがある。シャルロッテは宝石の綺麗さよりも、そこに書いてある値段にびっくりしているようだった。
「見るだけならタダだよ。試着もタダ。好きなもの指差してみ?」
  俺の言葉にシャルロッテは頷いて、近くにあった赤いイヤリングを指差した。林檎の形をかたどった、可愛いやつだ。
「これをケースから出してもらえる?」
  俺の言葉に店員が硝子ケースからそれを取り出す。シャルロッテはきらきら輝くそれをじっと見つめ、呟いた。
「ビーズのアクセサリと違って、とても重たいね」
「そりゃそうだろうな。宝石は石だし」
  イヤリングを耳に着けて、鏡に映る姿を見てシャルロッテは幸せそうに頬笑んだ。亜麻色の髪との相性もばっちりだった。
「あっ!」
  隣でたくさんの宝石を試着していたマダムが間違えて宝石を床に散らばしてしまった。
「大変!」
  シャルロッテが慌ててしゃがみ、店員といっしょになって拾う。
「数、足りますか?」
  シャルロッテに聞かれて店員が宝石の数を数え、首を捻った。
「ひとつだけ足りないようです」
  しかし足元にはもう何も落ちていない。
「失礼ですが、この傘の中を拝見してもいいですか?」
  シャルロッテの持ってきていた傘を店員がひっくり返す。ころん、とオレンジ色のトパーズが出てきた。
「…………」
  よかったな、見つかって。そう俺が言おうとした瞬間だった。シャルロッテが青ざめた顔で叫んだ。
「私、盗んでいません!」
  そう言って店の外に飛び出す。俺は慌ててそのあとを追いかけた。
「シャルロッテちゃん! ちょっと待て」
「私悪いことしてないもん、してないもーん!」
「その耳に着けたイヤリング、返さなきゃ万引きだろうが! 止まれよ」
  そう言われてやっとシャルロッテは止まった。耳に着けていたイヤリングを外して俺の手に落とす。
「なんで自分が盗んでいないなんて主張するわけ? 別にシャルロッテちゃんが盗んだなんて誰も思っていないよ」
  宝石店へ戻りながら俺はそう言った。シャルロッテはうつむいたまま、言った。
「私ね、三年前に先輩の宝石を盗んだって容疑をかけられたことがあるの」
「へえ。そうなんだ、初耳」
「キッチンで作業をするとき、先輩がちょっとはずしていたのね。その日の当番私とその先輩だけで……私が犯人だってみんなが言った。そのとき私のことを信じてくれたのはヴィリーだけで、あいつは私といっしょに部屋の隅々から排水溝の中までいっしょに探してくれたの。どこにも見つからなくて、私が『もういいよ』って言ってもヴィリーは諦めずに探してくれた。そのうち学校の責任者が、これだけ探しても見つからないものは仕方がないって強制的に打ち切るまでずっとだよ。結局見つからなかったんだけどさ、ヴィリーがあれだけ信じている私が犯人じゃあないかもしれないって、みんな少しだけ信じてくれるようになったの。それが私とヴィリーの最初の出会い」
  どうやら家出事件前にそんなことがあったらしい。あの真面目なヴィリーらしいや。俺ならばすぐに別の宝石を買ってその先輩とやらの機嫌をとって終わりにするのにな。
「だからヴィリーは私にとって特別な人なんだよね」
  シャルロッテはにこにこと笑ってそう言う。
「ふうん。じゃあ俺は?」
  困らせてやろうかなと思ってそう質問してみた。シャルロッテは首を傾げて
「ルーのことはいつも格好いいって思っているよ?」
  と言った。
「何かないの? 俺を格好いいとか素晴らしいとか尊敬するとか思っている理由とかエピソードとか」
  言ったあとに素晴らしいと尊敬するを勝手に追加した自分の自信家っぷりに呆れた。
「うーん、どう言えばいいのかわからない」
「そうなのか」
  なんかあったらよかったのにな。ヴィリーみたいな格好いい惚れる理由が俺にも。
「でも私、ルーのこと見ているのが好きなんだよね。仕事しているときの真面目な顔とか、音楽聞いているときの眠そうな顔とか、ごはん食べてるときの美味しそうな顔とか、あと……」
「あと?」
「……私の寝顔見ているときの顔が、すごく好き」
  俺は思わずシャルロッテのほっぺたをぐにーっと引っ張った。
「たぬき寝入りか。悪い子だ」
「ふえーん、ごめんなさい」
  顔が歪な台形になったところで手を離した。
  シャルロッテは俺を見上げてこう言った。
「うまく言えないんだけどね、ルーのことは何かあったから好きなわけじゃあないの。日常の積み重ねっていうのかな? ルーがルーっぽくて私に笑いかけてくれると、すごく嬉しくなるの。それだけじゃあ、だめ?」
  久しくない、真面目な反応に俺は黙る。
「ま、俺もシャルロッテちゃんの笑顔見ているだけで『明日もがんばろう』って気になるけれどもな」
  俺は笑った。ヴィリーとストイックな格好良さで勝負しても仕方がない。俺には俺の魅力があるってことっで納得することにした。
  宝石店に戻って、イヤリングを返すと店員は改めてシャルロッテを疑っていなかった旨を伝えた。
  シャルロッテは早とちりしたことを謝り、そして割と手ごろなチョーカーを選んで買うことにした。黒オニキスのビーズをフラワーモチーフにしたものだ。本当はもっと可愛いデザインにしたほうがいいんじゃあと思ったけれども、大人っぽいのがいいとシャルロッテが背伸びした結果そうなった。

 ノエル祭ではしゃぎにはしゃいだシャルロッテは食事を食べたあとワインで酔って寝てしまった。
「まったく、なんでベッドに行くまで寝るのを我慢できないんだろうな」
  俺はシャルロッテの頬をつつきながらそう呟く。ヴィリーはローストポークを食べながらその様子を見ている。
「じゃあベッドに運んでくるよ」
「また兄さんのベッドに運ぶつもりか?」
「お前のベッドがいいならそうするけど? でも仕官学校の優等生くんはそんな不純なことはしないんでしょう?」
  意地悪げに俺がそう言うと、ヴィリーは少しだけ頬を赤らめる。
「ベッドなら、父上と母上が使っていたものがあるだろう」
「ダブルベッドにひとりでシャルロッテちゃんを転がしておけって? それとも俺かお前かどっちかが添い寝するわけ?」
「そんな必要はない。兄さんは下心が見えすぎなんだ」
「お前はむっつりだよな。ヴィリー」
  俺は笑ってシャルロッテを抱き上げた。弟の主張どおり、父と母が使っていた寝室へとシャルロッテを連れていく。
  ベッドの中にシャルロッテを寝かせて、上から毛布と羽根布団をかける。
  すうすうと寝息を立てているシャルロッテの額にキスをして、リビングに戻ろうとしたときだった。
  シャルロッテが俺の袖を掴んだ。薄く目を開けてこちらを見ているシャルロッテの指を解きながら、俺は唇を歪めた。
「シャルロッテちゃん、お兄さんを誘惑するようなことばかりしていると、本当に襲っちゃうよ?」
  解いた手のひらの中央にキスをひとつ落とし、俺はシャルロッテの頭を撫でて部屋をあとにした。
  都合のいい勘違いかもしれない。シャルロッテは俺に襲ってもらいたいんじゃあないかなんて、たまに考える。それともただ単に寂しくてああしているのかはわからない。
「理性が飛びそうなんだけど」
  俺って元々肉食系だし。近くに兎ちゃんみたいな女の子がいると食べたくなるのが狼さんってもんだろう。