10/02

「山田って篠宮さんと同じクラスだよね?」
  体育の合同クラスのときにリフティングの練習をしている山田に話しかけた。山田はボールを蹴って寄越したのでそれを踵で受け取る。
「彼女痩せた気がしない?」
  さりげなく、探ってみる。山田は「ああ」と言った。
「あいつダイエット中なんだってさ。『水だけですごしてやる』とか言ってた、牛乳くらい飲めってやつだよなー」
「本当だよね。どうせ痩せようがあの顔変わんないんだろうし、食べればいいのに」
「お前面喰いだよな。好きなの誰? 今井沙希?」
「今井の妹よりはその友達の黒川のほうが好みかも。というかこの学校に僕ほど完璧な男に釣り合う女がいると山田は言うつもり?」
「末恐ろしいナルシーぶりを発揮しやがったな。お前はお前の言うとおり完璧な男だよ、誰も真似できない。隙のない男は女運ないぞ?」
「余計なお世話だよ」
  ボールを蹴って渡すとそれを受け取って山田は向こうへ行ってしまった。
  女運がない? ああ僕は本当に女というものについていないらしい、篠宮さんは碌でもない女だ。口は悪いし性格も悪いし根性はひん曲がってるし性根が腐っているし、すぐに嘘をつく。
  篠宮さんは平気で僕に嘘をつく。お腹が減ってないか聞いても「全然」と言うし、生活が苦しくないか聞いても「平気」と言う。だけど絶対に「生きていて楽しいよ」という嘘だけは僕についてくれない。
  生き甲斐ってなんだろう、楽しいってなんだろう、いつの間にか僕も生きていて楽しいという感覚を忘れ始めていた。全部篠宮さんのせいである、篠宮さんがいるから僕は幸せになれない、篠宮さんがいなくなっても僕は幸せになれない。
  篠宮さんに会ったときから僕は幸せじゃあなくなったんだ。僕が篠宮さんに「君の文字が好きだよ」と書いて、向こうがそれに返事を書いた瞬間から僕の幸福論はカタストロフィーを起こし始めていた。

 僕は体育の授業が終わったあとに自動販売機でジュースを2本買った。篠宮さんが更衣室から出てきたところで目の前に充実野菜を差し出す。
「ダイエット中なんだってね。野菜はとりなよ」
「あんたが私にジュースを買う意味がわからんよ、三芳」
「たまたまジュースが当たっただけだよ」
「あんたのその意地っぱりどうにかしたほうがいいよ? 三芳」
「君のその臭い息もどうにかしたほうがいい。あきらかにビタミン不足だよ」
  君は山田にも助けを求めるべきなんだよ。あいつはサボり癖あるけれども人の上に立つ素質を持った生徒会長だ。無神経な奴だけれども情に厚い奴だからきっと君の助けになってくれるはずなんだよ。
  君が隙のない女だから君はモテないんだ。僕と同じだ、もっと弱くなれば誰かが保護してくれるってのにね。