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「山田に言わなくていいのか?」
「言ってどうするつもり? あいつが富裕層の人間だったりしたら別だけど違うでしょう」
「でもあいつだったら絶対ほうっておかないだろ」
「だから何? もうひとり不幸な人間が誕生するだけだ。僕と英田と篠宮さんだけでいいじゃあないか、不幸な人なんてさ」
  僕と英田で金曜日の授業をサボって町役場まで行った。
  英田が「あるだろあるだろ、たしかそういう貧しい人を救済する処置が」と言ったから。そういえば生活保護という手があったと今更ながら気付いた。
「その場合生活保護は無理ですね」
  役所の公務員が僕たちの話を聞いてそう言った。
「どうしてですか?」
  英田が眉をしかめて聞き返した。
「自営業だからですよ。自営業の人はまとまって収入が入ってくることがあるので生活保護に入れない決まりなんです。生活保護に入るためには倒産の手続きをしなくてはいけません」
「三芳、倒産の手続きってあいつの親がするかな?」
「するわけがないでしょう。借金があるなら倒産は成立するけれども彼女の家庭は借金があるというより負もないかわりに正もないんだから」
「ええと……三芳くんと言ったかな? よく知ってるね。倒産の手続きは書類上は簡単だけれども、実際には借金が3000万くらいないと動くのは難しいからね。それに篠宮さんの家は昔からある建物なんでしょう? 土地がある人も売らないと生活保護に入ることができないんだよ。あと貯金が10万を切らないと入れないし、車を持ってても入れない、保険は全部降りなくちゃだめだし、書類は10枚以上書いてそれ全部が合格ラインに達するまで何度も持ち運ばなくちゃいけないから通常は一ヶ月くら――」
  ガン!と英田が机を蹴っ飛ばした。
「三芳、帰ろう」
「時間の無駄だったみたいだね」
  僕と英田が席を立ったので公務員が申し訳なさそうな顔をした。事務的に処理されることくらい僕は知っていたさ、あなたが悪いわけじゃあなくてこの情状酌量の余地がまったくない四角四面な法律とそれを作った国会議事堂と篠宮さんより貧しい人たちがたくさんいる世界と、そういうものが悪いんだってことくらい僕にだって、そして英田にだって分かるはずなんだ。
  分かっているのに、分かっているはずなのにどうして僕たちはこんなにむかついているんだろう。
  僕の頭の中を篠宮さんの死体がかすめていく。君を殺したのは誰なんだろう、僕たちか、日本か、飢えか、食べなきゃ死ぬように人体ができているのが悪いのだとしたら神様が人殺しなんだ。
  20世紀末に終末思想とかいうのあったよね? 世界の終わりに誰が救われて誰が死ぬとかいうくだらない思想がさ。カルトな集団がたくさんできてみんなこぞって自分だけは助かりますようにとお布施してたじゃあないか。
  お布施ってあるもの全部出し切らなきゃ幸せになれないんだよ? だって持っているということはそれだけで不幸なんだもの。失うという不幸を内在的に含んでいるんだから。
  僕は篠宮さんにずっとお布施し続けなくちゃいけないんだ。あるもの全部放出して僕も貧乏にならなくちゃ君のようなすっからかんな性格にはなれないよ。