02/14

「バレンタインデーって憂鬱になるよね……」
「それは厭味なのか? 三芳」
  僕の鞄の中には山のようにチョコレートが詰まっている。別に僕がモテているとかそういうわけではない、クラス全員の女子が義理チョコを差し出した、それだけのことだ。
  篠宮さんからはチロルチョコを貰った。まあ篠宮さんのくれるものだったらそれくらいだろうし、篠宮さんが何かくれるだけでも僕は嬉しいけれども。
「篠宮さん、あとで執務室にきてくれる?」
「ん? なんで」
「仕事手伝ってほしいの」
「わかったよ」
  そんな口実で呼び出す、僕は本当に卑怯者。山田と引き離したいなんて、そういう愚か者。

「仕事量少ないじゃないか。三芳」
「うん。君には三芳玉青っていうサインを入れてもらうためにきてもらったんだよ」
「私の字じゃあすぐに三芳と違うのバレるだろ!?」
「そうだろうけどいいの」
「なんで?」
「君の文字が見たくなったから呼んだんだし」
  篠宮さんの綺麗な文字が好きという感覚は今も残っている。彼女の貸してくれたノートを見て悦ってる僕とか変態すぎて普段の自分から遠すぎるよ。
  篠宮さんは僕の仕事机に腰掛けると、書類にひとつずつサインを入れ言った。
  三芳玉青、三芳玉青、三芳玉青。
  なんだかやっぱり直接名前を呼ばれるよりも字面で呼ばれるほうが僕は好きって少しおかしいよね。
「三芳……B5の紙を一枚取って」
  言われて白紙を一枚渡した。それに篠宮さんはかりかりと文字を書いた。

時よ止まれ、お前は美しい

 ゲーテのファウスト。読んだことはなかったけれどもそれに出てくる言葉ということくらいは知っている。
  僕は少し恥ずかしかった。「格好いい」とか、「綺麗」とか言われることはあっても、こういう褒め方をされることはなかったから。
  僕も隣から紙をとって立ったまま一言書いた。

 命短し、恋せよ乙女

 篠宮さん、僕に恋してくれないかな。僕が君の文字に恋をしたときのように。
  篠宮さんが紙を裏返した。今度は何を書くのだろうと思った。

 だいすき

 ひらがなでそう書いた。こういう告白のされかたをするとは思っていなかった。
  篠宮さんの文字は、綺麗で、篠宮さんは、やっぱりきれい。僕は篠宮さんのことが好き。
「君のことを僕も好きになってもいい?」
  篠宮さんは喉を鳴らしてくっくっくと笑った。
「好きになるな。私のこと好きになるとあんたは絶対苦しくなる」
  もう苦しいよ。そして君がいるというだけで、すべてを許せる。