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「……はずかしい」
  もうちょっとまともなPN考えておくべきだった。本当にサファイアで名前が雑誌に載っている。
  それをお向かいの篠宮さんが爆笑して見ていた。
「三芳、三芳! 私はこんな繊細な女だったかな?この設定すごいね、蝶のように儚く笑うんだってさ。この豪快な爆笑のどこに儚さがあるんだろう!」
「原作とかいってかなり原作無視したストーリーでどうしようとか思っているよ! あきらかにサファイアが馬鹿だから!」
  そうそう、篠宮さんといえば……初めて入った原稿料で小さなアパートを借りた。
  高校生が生活保護で独り暮らしをするなんて、と山田の親も彼女の両親も止めたらしい。だけど彼女は自分でできることは自分でやる、が基本スタンスだから、僕がこの話を持ち出したときから心は決まっていたみたいだ。
  みんなで荷物を運んで、初めてビールとか飲んで、すごく不味かったけれども楽しくて、そしてそのまま爆睡した。僕は意外と酒に弱いらしく、篠宮さんは案の定酒に強いらしく、普通に朝は味噌汁を作ってくれた。家庭科が苦手な篠宮さんらしく、英田が「こんな不味い味噌汁初めて食べた!」と苦情を言った。たしかに不味かった、嫁には絶対欲しくない人だと思った。
「でも三芳、本当にこんな大金もらっちゃっていいの?」
「僕がもらっても仕方がない金だからね」
「でもすごいね、私どれだけ小説書いても一度も受かったことがないのにさ、あんた一発で受かるなんて」
「篠宮さんは国語力がなさすぎなんだよ。お話がおもしろくても表現力が欠如しているからその面白さがおぼつかないんだ」
「ふうん……」
  ファミレスの茄子のミートソースを頬張りながら篠宮さんはにっこり笑った。
「でもありがとう。ずっと夢だったんだよね、普通の生活ってさ」
「僕の夢でもあったよ。君が普通に生活するのって」
「叶ったね。神様ってきっとどこかにいるんだね」
「でも初詣でお願いしたのって受験で合格できますようにでしょう?」
「ちがうんだなー、三芳がしあわせになれますようにってお願いしたんだなーこれが」
  言われた言葉に面喰らった。今なんて言ったの? 篠宮さん。
  オレンジジュースをずずっと啜ってから篠宮さんは笑った。
「暗いだけのお話なんてうんざりじゃん。物語には救いが必要だよ」
  ……それが僕が幸せになれますように、か。たしかにどちらかといえば、このストーリーは篠宮さんが不幸というより僕が不幸だったのかもしれない。
  篠宮さんはどこまでも突き抜けるような無欲な性格しているしね。
「篠宮さん……」
  口いっぱいにミートソースをほうばっている篠宮さんに一言こう言った。
「好き」
「ぶっー!」
  顔めがけてトマトソースが飛んできた。その飛沫をナプキンで拭き取りながら、物語には必ず救いが必要だという言葉はあっていると思った。そして主人公とヒロインはくっつくべきだと思うんだけれどもそこは都合がよすぎるんだろうか。
  篠宮さんはヒロインとしてはどちらかといえばおかしいし、そして僕はどちらかといえば主人公としては女々しすぎたけれども。
  まあいずれにせよ……それも三芳玉青の一面であって、これはこれでありなんだと、僕は思うよ。

(了)