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「たぬちゃん、仕事の奴隷である君にとても素敵な仕事を用意しましたよ」
「姫サンがまた無茶を言いおった」
尻の軽そうな女だと、ヴィーラを見たときに思った。肉感的にもボリュームのある、美しくも婀娜のある女だった。チャイナを着ている理由はわからないが、身長も高く、胸も尻もたっぷりと肉のついた、やわらかそうな身体をしていた。しかしどこかから、男に対しての媚びを感じずにはいられない。媚びがあざとくないので、直感でしかないわけだが。
わけがわからないと思った。
◆◇◆◇
ゲーム当日。ホテルの四十七階にて、ゲーム参加者は銀の星を受け取る。運営の待機する四十八階を飛ばして、四十九階と五十階のカジノフロアーへと向かう。五十一階は空中庭園のようだ。 |
到着。フロントにてチェックインを済ませてすぐにホテルの部屋へ移動。高級ホテルと言うだけあって、内装は上品かつ恋人仕様の造りだ。あまりこういうところに男二人で泊まっても意味がないと感じてしまう。 透龍に言われたとおりベッド下を確認すれば、そこには荷物があった。中身を簡易チェックして、当然だがひとつも見落としがないのを確認すると、鏡の前で歪んだ蝶ネクタイとハンカチーフを直した。湖緑も顔のおしろいを直している。支度が終わったら、鍵をかけてエレベーターで四十七階へと上がった。 入り口で金の星を提示。引換に銀の星を十個ずついただく。それをプラスチックのケースに入れたまま小脇に抱え、階段を上がった。 カジノは当然ながらすごい熱気だった。少しでも気後れすれば、このシエルロア中の勢力が集まった巨大なカジノで遅れをとると思った。見知った顔の連中が顔を赤くして、慣れない賭け事を真剣にやっている。湖緑と兪華はそのままカジノの中を人にぶつからぬよう歩きながら見学した。 人気はまちまちだが、やはり軍人のような動体視力の訓練をしている者たちはスロットを好むようだった。他はよくわからない。 「誰か今、私のお尻触っていったんですけど」 さっそく痴漢の被害にあった湖緑に 「ちゃらちゃらした女みたいな格好してるからだよ」 と揶揄するように言った。湖緑は黙っていれば女と勘違いするくらいには美しい。 「褒めてないですよね、それ」 「似合ってるって言ってなかったね。ちゃらちゃらした格好似あってるよ、湖緑くん」 「絶対褒めてない」 機嫌を損ねた湖緑を放置して、視線を巡らせる。きっと給仕をやってるのもディーラーをやってるのも一般人ではなく運営の人間だ。 近くの給仕からマティーニを受け取り、湖緑に渡そうとするが、そんな強力な酒はいらないと拒否される。仕方なく二杯とも兪華が飲むことにした。 「マティーニのオリーブって嫌いなんだよね。湖緑くん、お肌にいいオリーブの実だけ食べてくれない?」 「なんですか。酒びたしのオリーブがお肌にいいわけないでしょう。好き嫌いしないでください、とったのはあなたなんですから」 オリーブの実をいちいちかじるには両方の手がカクテルグラスで埋まっていた。 兪華と湖緑は壁の端までいってそこから周囲を見渡した。人でごった返していて、もう何がなんだか分からないが、ともかくみんな真剣だということだけはわかった。まあカジノでファミリーポーカーの延長のような気持ちでいたら素っ裸になって帰るハメになることくらいは二人とも知っている。まして、金ではなくシエル・ロアの支配権をめぐって争っているのだから。 「強いお酒を二杯も飲んで、あとで響いてもしらないですよ」 「酔うと思うの? それくらいで」 「酒に強いって不健康な証拠ですよ」 「わかったよ、もう飲まない。給仕にグラス返してくる」 兪華は壁際に湖緑を残すと給仕を探した。幸いすぐに給仕は見つかり、お盆の上にグラスとオリーブを返却した。人の流れに飲まれないようにしながら、湖緑の元に戻る。 「お姉さん、デートしてくれるなら銀の星ひとつくらいあげるよ?」 ちゃらちゃらした男が湖緑を女と勘違いしているらしく、銀の星をちらつかせながら彼の肩に馴れ馴れしく触れていた。湖緑は男が酔っ払ってるのを知っていたので、あまり相手にする気がないらしい。男だと説明したところで判別する力もなさそうなくらい顔が真っ赤だ。言ってることもループしている。 「お姉さんはなんもわかっちゃいない! あんたみたいな世間知らずは俺についてくればいいんだ。俺はあんたぐらい養えるよ。だって俺はジンクロメートギルド団に入ってるんだから」 だからどうしたの? という冷ややかな表情を湖緑がしていることに彼は気づいていないようだ。なんだか可笑しい光景を見て笑いをこらえていると、先に湖緑に気づかれた。 「兪華さん、このうざったい男どうにかしてください」 「お姉さん、俺はあんたを守るよ! だって俺はジンクロメートギルド団にだな」 また繰り返している。やれやれと思って兪華は湖緑と男に近づいた。壁際に追い詰められてる湖緑と男の間に半ば強引に割って入り、「ごめん」と言えば、男はさっさと諦めて姿を消してしまった。 「諦めたね」 「あなたを恋人かなんかだと思ったんじゃないでしょうかね? そして私を女だと思ってたみたいだし」 「それだけ綺麗ってことの証明じゃないの? それで絡まれてちゃ世話ないけどさ」 「ありがた迷惑です。綺麗にしてるのはああいう輩のためじゃないので」 兪華は「ふうん」と呟いて、湖緑の耳の近くに手のひらを置いた。湖緑に自分の影ができるような格好で向かい合う。 「なんです?」 「グラーク元帥のために綺麗にしてるんでしょ? 変なのから守ってあげようと思って」 「グラーク元帥に変な思いなんて抱いてないですよ。兪華さんの馬鹿」 「……なんか普段と違うなあと思ったら」 「なんです? 聞いてないですね。私はグラーク元帥に色目なんて使ってませんよ」 「そうじゃなくて、ヒール脱ぐと僕より少し小さいんだなーと思っただけ」 「ああそう」 心底マイペースな兪華に湖緑は呆れたらしい。そのまま、肘を折り曲げて壁にさらに近づいた。距離が縮まり、湖緑の顔が近くなる。このままキスもできそうな距離だなと思ったが、そのまま肩に額を落とした。 「なんです? あなたまで私が女に見えたとかそんなこと……」 「湖緑くん、酔い回ってきた。すごくくらくらする」 「だからマティーニを駆けつけ二杯はよくないて言ったじゃないですか!」 耳元で大声を出されて鼓膜がじーんと震える。めまいが止まりませんと湖緑にしなだれかかると、湖緑は本当に情けない男を見るような目で見て、肩を貸してくれた。しかし枕替わりではなく、衛生兵のところまで連れていくときの格好だ。 「開けてください開けてください。急性アルコール中毒の間抜けが通りますよー」 「湖緑くん、ゆっくり歩いて。マジ、吐く」 うつむき気味にそう言うが、湖緑はここで吐かれたらたまらないとばかりに大声で人をかき分けた。兪華を支えたまま階段を下りて、ホテルのある階下までエレベーターで降りた。エレベーターの入り口には銀髪のオールバックの男と青い髪の女がべったりと腰に腕を回し合って兪華たちと入れ替えで会場へと向かったようだ。 ようやくホテルの部屋に着くと、湖緑は兪華のポケットからカードキーを取り出してそれで扉を開けた。中に兪華を担ぎ込み、そしてすぐに突き飛ばす。 「着きましたよ」 ぱんぱん、と手をはらう湖緑。体重を全部預けていたために前につんのめた兪華は床には倒れなかったが、そのまま数歩たたらを踏むとそのまま何事もなかったかのように背筋を伸ばした。 「僕の演技どうだった?」 「上出来です」 「上手いとは言ってくれないわけね」 あれだけ騒いでおけば兪華は泥酔、湖緑はそれの看病で一日を棒にふったと運営は勘違いするだろう。 ジャケットをベッドに放り投げて、シャツとズボンを脱いで、ベッドの下に隠してあった透龍の用意した作業着に着替えた。湖緑もチンパオを脱ぎ捨てて同じような服に着替え終わる。 「それにしてもこんな高層ビルの非常階段に見張り一人も置かない運営ってなんなの? 本当に見張りいないんだろうね?」 「高層だから風が強くて飛ばされるんですよ。私はそんなところ本当は歩きたくない」 マフィアの仕事道具を身体のあらゆるところにあるベルトで固定していき、気づかれぬように二人同時に部屋を出た。 非常階段までの距離はほんのちょっとだ。扉を開け放てば強い風が吹き込んだ。身体が飛ばされぬよう、手すりに捕まりながら外に出る。湖緑もそうだ。階段を昇って四十八階まで来た。湖緑と視線をあわせて、同時のタイミングで中に侵入する。運営の子宮ともいうべき控え室だ。 元がホテルだというのはとても助かる。見取り図は階下を参考にできるし、扉と床の隙間から漏れてる明かりで人がいるかどうかがわかる。モニターの青い明かりが漏れる部屋は案の定あった。ドアノブを回せば鍵はかかっていない。無用心なものだと思いながら、そっと運営の男の背後にまわった。湖緑が異能で男に拘束をかける。騒がれる前に轡をかませて、手袋をとった手で根こそぎエネルギーを吸い尽くした。しばらくは起き上がってこれないレベルまで行い、完全に気絶したのを確認する。無線で透龍に連絡を入れる。 「カメラルーム制圧」 兪華はビデオの電源をタコ足配線の根本から引きぬいた。一気に部屋が暗くなる。非常電源くらいはあるのだろうが、コンセントが抜ければそんなものは関係ない。暗くなった部屋の中で息を殺した。
◆◇◆◇ 部屋につくと同時にピンヒールを部屋の端に向かって脱ぎ捨てたヴィーラは、本当に見た目は自由奔放だった。黒狸のがんじがらめな生き方から見たらヴィーラはずっと自由だった。 (了) |
第二回戦終了段階 マフィア側:黒狸、ヴィーラ(ただし運営のスパイ)、透龍が各自1つずつ星を獲得。 公式に発表したものだけが星のやりとりに採用されるのであれば、この段階で |