ダッフルコートと軍用ナイフ。
  それを取り上げるとレヴィは取り乱す。変化に弱いというわけではなく、それだけが親を思い出せるものだから。
  レヴィは子供だ。子どもっぽいという意味ではない。子供を卒業するにいは子供でいられなかったということ。子供のままでは許されなかった。しかし大人であることも許されなかった。彼の心はきっとまだ、あの日の自宅にいるのだろうと思う。ぐるぐるあそこをさまよっているのだと思う。抜け出せずに長い回廊の中でうずくまっているレヴィを想像することが、黒狸には頻繁にあった。

「かえ、して」
  黒狸が食堂で醤油を使っていると、お向かいに座ったレヴィが小声でそう言った。
「つか、う」
「おう」
「ありがと……」
  醤油を受け取るその手は皮が分厚く、そして傷だらけだ。自分の手とは少し違った。
  てのひらに、視線を落とす。醤油を受け取ったまま手を離さない黒狸に、レヴィは「はな、して」と小さく言った。素直に手を離す。カキフライを食べて、そのまま席をたつときにちらりと見る。大盛りのごはんをもそもそ食べるレヴィを見て、黒狸は思った。
――あれは俺だ。
  と。ああなる可能性があったのは、俺もだと。生まれてくる前に死んだ子から、誰にも気づかれずに死んでいく老人まで、すべてになる可能性が自分にはあるのだと。
「レヴィ」
  ごはんを口に頬張ったレヴィがこちらに顔をあげる。
「俺の杏仁豆腐あげるよ」
「いる」
「おう。たくさん食えよ?」
  そう言って小鉢を渡す。レヴィはそれを受け取った。なんとなく子供を見ている気持ちになる。この子は元気に成長するのだろうかという気持ちに。
  この子の親になることはできない。この子の人生を変えるほどの力はない。この子はこの子の人生を生きていく。自分と違う人間だ。しかし
――あれは俺だったんだ。
  たしかに、自分がなるかもしれなかったんだ。選ぶもの次第で、生まれたあとの運命次第でああもなっていた。

(了)