「一時間おいくら?」
  お気に入りの子がいた。アフターが子供程度のお小遣いで叶う、癒し系女子。
「あたしに出来ることならいくらでも、何でもやるよ」
  ぼさぼさの赤毛で煤けた頬を袖で拭いながら、彼女はそう言った。そう、子供だ。当然お小遣い程度の金額で買える。もちろん邪なことはできないが、したところできっと気づかれないように細工するぐらいのことは俺にはできた。するつもりはなかったが、彼女はいつでも無邪気に俺のデートの案に乗ってきた。
「お嬢さん、今日俺暇なのよ。部屋で一人おでんつつこうかと思ってるんだけれど、一時間これくらいで、一緒に食べるの手伝ってくれない?」
  指を三本立てて、金額の提案。ネフリータはこくりと頷く。
  闇の仕事を始めて三年目。俺の心のオアシスは年頃の女の人と過ごすよりも、少し年下の女の子と遊ぶことだった。子供たちは薄給について文句を言ってくることもなかったし、「想像と違った」と言うこともなかった。特別強がる必要もなかったし、特別サービスする必要もない。
  部屋でいっしょにおでんを食べて、俺はそのあとベッドで音楽を聴く。ネフリータはその隣でごろごろしながらそのうち眠る。
  翌朝、仕事が始まるまでに朝食を作り、彼女に振舞ったら部屋から追い出し、そして何事もなかったかのように仕事場に向かう。俺のささやかな癒しのひとときだった。
「ごはん食べてお金もらってもいいの?」
「いいんだよ」
「代わりに何かやらなくていいの?」
「俺はもう色々ネフリータからもらってるの。笑顔とか、石鹸で洗ってぼさぼさになっちゃった髪を撫でたときの感触とか、色々ね」
  言葉にすると僅かなもの。得られたものは多いと思っている。
  ネフリータは部屋でかけている音楽に「何の曲?」と毎回聞く。タイトルを調べるのが面倒で「JAZZだよ」「クラシックだよ」と大きなジャンルだけで教えたら、それがタイトルだと思って信じてしまったようだった。子供はすぐに真実とは少し違う事実を信じてしまう。

「一時間おいくら?」
  その日も同じ調子で彼女を誘った。
  小さなリータは今日も変態お兄さんが来たことに気づかずいっしょについてくる。マフィアの俺と彼女が一緒に歩いているところは、どう考えても住所のない女の子を攫っているシーンにしか見えないだろう。
  変態お兄さん、今日は変態に磨きがかかっているんだぞ。そういう視線でネフリータをキリッと見る。リータは視線をあげてにっこり笑う。色々とごめんなさいと言いたくなる瞬間だ。
「ネフリータ、プレゼント」
  食事を食べ終わったあと、読めもしない本をぱらぱらと開き、ベッドで腹ばいになっている無防備な彼女に紙袋を渡した。
「プレゼント?」
「お菓子じゃないけれど」
  ネフリータは不思議そうに袋の表面から中身を当てようとして、そしてわからなかったようで袋を開けた。
「パンツだ」
「サニタリィショーツだよ。そろそろ必要だろ? 発育いい子だとたぶん始まるし」
「さに……え? あ、わかった! お姉ちゃんが言ってた。股から血をひり出す、すごくお腹が痛くなるあれね」
「うんうん。洗えるように石鹸と痛み止めの錠剤も入れておいたぞ。俺完璧」
  うん。完璧な変態決定。
「なんで、パンツくれるの?」
  思考が停止する。必要だろうと思ったからというのがまっさきに来たが、必要だからといって買い与える必要はない。
  たぶん妹がいて、その子に下着をおみやげに渡したら、しばらく口を効いてもらえないかもしれないとさえ考えた。
「男から下着をプレゼントされるようになったら立派なレディだぞ」
  自分の逸脱っぷりには蓋をして、代わりにそうとだけネフリータに言った。
「黒狸はさ、」
  ショーツを全部袋に仕舞い、ネフリータはこちらを見る。いつの間にか名前を覚えられてしまった。こちらも向こうの名前を覚えていた。捨て猫に名前をつけてしまったような気持ちになる。
「あたしに優しくする日、必ず何かあった日でしょう」
  視線がかち合ったまま、俺が沈黙する。
「今度はストリートチルドレンのお姉ちゃんに何を教えられたのかな? ネフリータ」
「男が優しくする日は必ずざいあくかんがあるってこと」
「ああ、そう」
  罪悪感なんだろうか。悪いことをしているという自覚はあっても、罪悪感らしいものを感じてはいない。ただ好きじゃないものから目をそらしたくて、好きなものをたぐり寄せたくなるだけ。
  しかし何をしてきたかなんて、子供の彼女に言えるはずもなく、言ったところで受け止めてもらえるはずもなく、俺はその質問に答えるのをやめて、ネフリータの赤毛をくしゃっと撫でた。
「ネフリータ、女の子はみんな石ころなんだよ。着飾ってても着飾ってなくても、みんな石ころ。みんな同じはずなのに、男は必ずその中から特別な石ころを見つけて大切にするんだ」
「あたしは黒狸にとって大切な石ころ?」
  ネフリータは翡翠色の目をしばたたかせてそう聞いてきた。そうだよ、と言ってやりたかったが、違うということがわかっていた。本当にそうだったらいいねと思ったが、違うのがわかっていた。
「少し、特別な石ころなのかもしれない。他の石ころ同然に、ひどい奴がネフリータのことを傷つけたら俺は少しだけ悲しい」
「ふうん。女ってやだね、男のほうが力持ちになれるのに」
「そうか?」
  脳裏に、この子がストリートチルドレンとして生活していたら、いずれはそういうことになるのだろう、という邪推が走った。それが少しだけ寂しかった。
「ネフリータ」
「何」
「ネフリータが女の子なことを忘れるなよ? 女の子らしくしろとか、弱いとか言いたいわけじゃあない。大切な人が出来たとき、腹に子供を宿すのは女の子の君の役目。それだけ忘れるなよ?」
「よくわかんないけれど、ひとつだけわかることあるよ」
  ネフリータは頭を俺になでられたまま、顔を上げて俺を見た。
「今日の黒狸はなんだか元気ないね。嫌なことがあったんじゃない?」
  子供はたまに、隠している真実を見抜く目を持っていると感じる。
「そうかもね」
  とりあえず嘘はつかずにいた。彼女の前ではあまり嘘は意味を持たなかった。
  俺の癒しの天使さんは、ぼさぼさの赤毛の少女だった。

「一時間おいくら?」
  その日も同じ調子で彼女を誘った。
  小さなリータは今日も変態お兄さんが来たことに気づかずいっしょについてくる。マフィアの俺と彼女が一緒に歩いているところは、どう考えても住所のない女の子を攫っているシーンにしか見えないだろう。
  変態お兄さん、今日は変態に磨きがかかっているんだぞ。そういう視線でネフリータをキリッと見る。リータは視線をあげてにっこり笑う。色々とごめんなさいと言いたくなる瞬間だ。
「ネフリータ、プレゼント」
  食事を食べ終わったあと、読めもしない本をぱらぱらと開き、ベッドで腹ばいになっている無防備な彼女に紙袋を渡した。
「プレゼント?」
「お菓子じゃないけれど」
  ネフリータは不思議そうに袋の表面から中身を当てようとして、そしてわからなかったようで袋を開けた。
「パンツだ」
「サニタリィショーツだよ。そろそろ必要だろ? 発育いい子だとたぶん始まるし」
「さに……え? あ、わかった! お姉ちゃんが言ってた。股から血をひり出す、すごくお腹が痛くなるあれね」
「うんうん。洗えるように石鹸と痛み止めの錠剤も入れておいたぞ。俺完璧」
  うん。完璧な変態決定。
「なんで、パンツくれるの?」
  思考が停止する。必要だろうと思ったからというのがまっさきに来たが、必要だからといって買い与える必要はない。
  たぶん妹がいて、その子に下着をおみやげに渡したら、しばらく口を効いてもらえないかもしれないとさえ考えた。
「男から下着をプレゼントされるようになったら立派なレディだぞ」
  自分の逸脱っぷりには蓋をして、代わりにそうとだけネフリータに言った。
「黒狸はさ、」
  ショーツを全部袋に仕舞い、ネフリータはこちらを見る。いつの間にか名前を覚えられてしまった。こちらも向こうの名前を覚えていた。捨て猫に名前をつけてしまったような気持ちになる。
「あたしに優しくする日、必ず何かあった日でしょう」
  視線がかち合ったまま、俺が沈黙する。
「今度はストリートチルドレンのお姉ちゃんに何を教えられたのかな? ネフリータ」
「男が優しくする日は必ずざいあくかんがあるってこと」
「ああ、そう」
  罪悪感なんだろうか。悪いことをしているという自覚はあっても、罪悪感らしいものを感じてはいない。ただ好きじゃないものから目をそらしたくて、好きなものをたぐり寄せたくなるだけ。
  しかし何をしてきたかなんて、子供の彼女に言えるはずもなく、言ったところで受け止めてもらえるはずもなく、俺はその質問に答えるのをやめて、ネフリータの赤毛をくしゃっと撫でた。
「ネフリータ、女の子はみんな石ころなんだよ。着飾ってても着飾ってなくても、みんな石ころ。みんな同じはずなのに、男は必ずその中から特別な石ころを見つけて大切にするんだ」
「あたしは黒狸にとって大切な石ころ?」
  ネフリータは翡翠色の目をしばたたかせてそう聞いてきた。そうだよ、と言ってやりたかったが、違うということがわかっていた。本当にそうだったらいいねと思ったが、違うのがわかっていた。
「少し、特別な石ころなのかもしれない。他の石ころ同然に、ひどい奴がネフリータのことを傷つけたら俺は少しだけ悲しい」
「ふうん。女ってやだね、男のほうが力持ちになれるのに」
「そうか?」
  脳裏に、この子がストリートチルドレンとして生活していたら、いずれはそういうことになるのだろう、という邪推が走った。それが少しだけ寂しかった。
「ネフリータ」
「何」
「ネフリータが女の子なことを忘れるなよ? 女の子らしくしろとか、弱いとか言いたいわけじゃあない。大切な人が出来たとき、腹に子供を宿すのは女の子の君の役目。それだけ忘れるなよ?」
「よくわかんないけれど、ひとつだけわかることあるよ」
  ネフリータは頭を俺になでられたまま、顔を上げて俺を見た。
「今日の黒狸はなんだか元気ないね。嫌なことがあったんじゃない?」
  子供はたまに、隠している真実を見抜く目を持っていると感じる。
「そうかもね」
  とりあえず嘘はつかずにいた。彼女の前ではあまり嘘は意味を持たなかった。
  俺の癒しの天使さんは、ぼさぼさの赤毛の少女だった。