214事件

05

◆◇◆◇
「厄日だ!だから僕は今日学校に行きたくないって言ったんだ! 星占いゲロ吐くほど最悪! ラッキーカラーが茶色なあたりが矛盾している! そうは思わないか!?」
  西園寺は隣の見張り役の治安衛(ちあんまもる)に当り散らしながら渡り廊下を歩いていた。
  風紀委員だからって治安衛という名前はいかがなものだろうか。親は何を考えて衛なんて名前にしたのだろうと西園寺は考える。さしずめ警官か何かになってもらいたかったのだろう。というよりこんな名前では非行に走ることもできまい。なるほど真相が見えてきた。
  ぶつぶつと想像を膨らませている西園寺の後ろからは華奈の目がぎらぎらと光っている。
「西園寺くん、君は何座?」
衛の質問に、歩く足とめぬまま西園寺は答えた。
「山羊座のO型だが、何か文句あるか治安衛!?」
「いや、文句があるのは君でしょうが。あんたと話していると、なんつーか……疲れる」
「ムガガガガガガッ」
  西園寺が爪をむき出しにして自分の頭をがりがりとかき回す。
「華奈は牡羊座のO型ッスよ! 今日のアンラッキーカラーは黒!」
  ビシッと上から下まで真っ黒の西園寺を指差した。西園寺はその指をはたく。
「僕ばっか悪者扱いする気か? やめろよいじめっ子! お前のチョコは黒かったぞ! そっちが悪いんじゃあないのか? ああぁん?」
「死ねよゴキちゃん」
  制服が黒いだけならば普通だが、ねっとりとした長髪黒髪があの触覚の長い生き物を彷彿とさせられる。
またバチンバチンと火花が飛ぶのを興味なさげに衛は呟いた。
「君たち本当にO型? まぁ、なんにしたって良かったんじゃない? お互いにチョコがもらえたり、チョコを食べてくれる人がいて。年々そういうの減っていっているって聞いてるし。バレンタインデーにここまで盛り上がるのこの学校くらいだろう? だっせ、馬鹿馬鹿しい」
「ほわっちゃあああ!」
  嘲笑う衛の鼻めがけて西園寺はフックを繰り出した。
  一瞬、衛の体が地上から浮いた。重力から解放された瞬間だ。
「何の嫌味だ? きさん、今までチョコ貰ったこと無いだろう? だから馬鹿馬鹿しいのか? 一生懸命な人笑い飛ばすのは僕はいけ好かん!」
「劣はここ一週間バレンタイン死ねって言っていたッス。矛盾しているよ」
「僕が腹立たしいのは貰った貰わなかっただのそんな会話が飛び交う教室だ! 個数を競ってどうする? 美味しさを競ってどうする? 金額競ってどうする? 大切なことを忘れていないかきさんら! 憎しみ合ってどうする! 羨ましがってどうする! なぁんで健気な気持ちで受け取れない? チョコはピュアな恋心と七つの神様を背負ってバレンタインの舞台に立つんだぞ! お歳暮じゃないんだー!」
  まだ鼻フックをしたままだった指を引き抜き、西園寺はその場で泣き崩れた。
  同時に衛も鼻フックから解放されて地面に倒れる。
  華奈は混乱気味に駆け寄って西園寺の肩を揺り動かす。
「お、お、おと……勝! 気をしっかり! 俺っち、お前の分も作ってたよ。ただ他人の分まで食べたことに怒りを感じているだけっスよ! おーちーつーけぇー! おーちーつーけーぇ!」
  人差し指を西園寺の前でくるくると回すとやがて西園寺は起き上がった。
「落ち着いた?」
「……オチツイタ」
「泣かないで! スマイル」
  華奈に言われて西園寺はあひゃと笑った。つられて華奈もキャヒャと笑って、その調子で笑いながら衛の足を二人で引きずって生徒会室へと帰った。
「あは、あひゃひゃ、あひ、あひあは、う……ひうひ」
「きゃは、きゃはは、ひはぁ、きゃっは」
  引きずられた衛の鼻血が廊下に血の痕を残していく。

◆◇◆◇
「きゃあああああああああー!」
  廊下に女子の悲鳴が響き渡った。
  取調べをしていた立部と亘が顔を見合わせる。
  先に口を開いたのは立部のほうだった。
「事件だ!」
「女子が盗人に襲われておるでござるか!」
「違う、これは殺人現場を見たときの声だ! 走るぞサスケ」
  立部は中央館目指して走り始める。亘は東館の方角を指差した。
「ジェームズ、あっちでござる! 明らかにあっちから聞こえたでござる」
「いいや中央館から聞こえた。君の猿耳は当てにならない。僕の推理が正しければ……」
  立部の余計な推理に付き合っている間に犯人は逃げてしまう。亘はさえぎって言った。
「そっちのほうが疑わしいでござる。もう、別行動でござるよ! 信じる道が違うなら別れるまで!」
「だってハットリ、そっちからだと遠回りだよ?」
  現在地、西館北トイレ。
  もう突っ走っていく相棒を止めることもできず、立部は言った。
「く、亘……僕たちはもともと正反対の存在だ。目指すところが違うなら同じ動きをしたって無駄。たった今、道が分かれた! 僕等の道がな! さらばだ亘!」
  たった今まで、そのふたりに事情聴取を受けていた園子はなんだか壮絶な奇妙なものを見てしまったと思った。
  単独で行動している奇妙な加藤と、鈴木とラブラブしている加藤を見かけて、それについて話しただけなのに。ふたりともものすごく真剣に聞いてくれて、びっくりだったが、今の自分の世界にドップリな二人組みもびっくりだった。
「今、ネタにできそうな発言してたけど……ネタにできるかな? うーん、うーん、う〜ん……どっちを攻めでどっちを受けにするべきか、園子すっごく悩む。ぐうううう……まだ怪盗×鈴木くんのほうが書けるよ」
  そこで園子は思いついた。
「そうだ! あの怪盗、あの加藤くんに変身していて鈴木くんにお近づきになろうとしていたのでは!? だとすれば辻褄が合う! 怪盗の狙いはもちろんハート。矢で打ち抜かれるなんてことになったら鈴木君が危ない! 探偵さーん」
  園子は慌てて立部の方へと向かって走った。もうこの人たちの暴走は止まらない。

◆◇◆◇
「御用だ御用だ!」
  西館から中央館を突き抜けて昇降口を駆け上がって東館の廊下を走りながら大声で走っていく亘を見て陸が呟いた。
「ああ、また探偵部が騒いでる」
  通り過ぎていった亘を冷めた目線で見ながら
「はうぅ、ああもあからさまにぃ〜目立つ格好とか〜大声とか出して〜犯人に逃げられるとは思わないのでしょうか? みゅーは探偵部の質というかなんというか、全体的に落ちている気がしますぅ」
「そうね。うちの裁判部も言えたことじゃあないけど。なんか、ねえ? 探偵部が目立ってどうするの? というか、突っ込んでやりたいけど言えたものじゃあないし」
「んー、そうですね。シャリーンとマリーンとはまだ仕事やってくれているんだけどあれは〜」
「……この際しっかり調べてくれればそれでいいわ。ただ裁判の時にこっちが困るのは困るわ」
  空乃は噴水みたいにぴょこんと跳ねた髪をいじりながら陸を見た。
「陸ちゃんはぁ〜今回の214事件どう重いますぅ? 怪盗バレンタインは誰だと思いますぅ? 候補はやっぱり劣くんがいいでぇす」
「ああ劣なら容赦なく叩き切るけれど、今回はどう考えても……」
「劣じゃあないですよねぇ〜。『あやつならやりかねない』と思うんですけど〜、こないんですよね『こやつじゃ!』ってのが」
  しゅん、と口では呟きながら空乃は検査で刺された指を咥えながら悔しそうだった。
  ガリガリ爪を齧る様子をものともせず陸は聞いた。
「そういえば空乃、血糖値どうだった?」
  空乃はすぽんと指を口からひっぱり出しVサインをとって
「ばっちりじゃけーの! 思いのほか犯人扱いされないのがビクハラじゃ!」
  ビクハラ…おそらく空乃の造語だと思うことにした。
「私も思いのほか高かった。どうしよう、間食メニュー考えようかな」
「何言ってるんですか陸ちゃん! 食べた後ってふだんより上がるもんです。ムッチリしているからってそう落ち込まないでください」
「ムッチリは余計なお世話よ!」
  今回の件で血糖値に関する資料を読んでいるふたりは通常よりややあ高いことに危機感を感じている。自然とため息が漏れた。

 ◆◇◆◇
  亘は東館を走りきったところで思わぬ現場に遭遇する。
  そこには血みどろで倒れている女子生徒と呆然と立ち尽くす立部と井上の姿だった。
  立部はホームズばりのマントコートをひらめかせると言った。
「殺人だ! サスケくん、犯人はこの中にいる」
「トム! おぬしがどうして」
「いやー! 嘘でしょアイアイ! 昨日まであんなに飛び跳ねて鞭振り回したりしてたじゃない。誰がこんなどうでもいいことを」
  はっきりとどうでもいいと言われたアイアイ、こと哀れな死体はむくりと起き上がった。
  立部がずいっと前に出る。
「君、怪盗バレンタインにやられたんだね?」
「え……? いや、その、あれだ。関係ないと思う」
  頭がクラクラして上手く言えない彼女のかわりに亘がボケる。
「言いよどむところを見ると何か関係あるでござるな! 身分証を出すでござるよ!」
  さらに井上のインタビュー攻撃も追加された。
「今回の鈴木生徒会長と怪盗バレンタインの関係、どう思います?」
「はぁ? あ? えーと……」
  アイアイは深く深呼吸した。とにかくはやくこいつらから離れないと何かとんでもないことになりそうだ。
「み、身分証はないけど、三年の……」
  井上がポケットからハンドタオルを取り出しながら言った。
「知ってまーす! 三年一組一番。藍井亜衣(あいいあい)、通称『AiAi』新体操部で県大会まで行ったんですよね! 渡辺先輩が衣装が素敵だってハァハァしてました」
  これどうぞ。とキャラクタがプリントされたタオルを渡されそれで顔を拭いた。そのあと青筋を立てつつ言った。
「あの変態記者、まだ見てたんだ」
「で? 会長どう思います?」
「ああ、美味だよね。じゃなくて、何について?」
  井上は顔を真っ赤にして早口でまくしたてた。
「美味って鈴木くん食べたことあるんですか!? きゃー、もうAIAI先輩いけずぅー! そうじゃなくて、怪盗バレンタインは鈴木くんを狙っているじゃない! ハートを矢で打ち抜く、これっきゃないと思いません?」
「ちちちち、違うわよ! 彼のほら、あれよ、料理が美味しいって評判で食べてみたら美味しかったって意味で……それにそんな恐ろしいこと言わないでよ。姫様に殺されるわ!」
  そこに立部と亘も乱入してくる。
「待て、ミス井上! 今、『怪盗が鈴木を殺そうとしている』そう言いましたよね?」
「そしてアイアイは会長を誘惑? 副会長がご乱心でござるか!? 殿中でござるぞ姫様!」
「ああもう!」
  亜衣は床を思い切り踏みつけて苛つきを露わにした。
「普通に考えようよ。ややこしいわ。やめてよ!」
  そのまま怒って立ち去ろうとしたところ井上が呟く。
「どうして、血まみれなんですか? これ全部AIAI先輩から出た血じゃあないでしょ?」
  む。と立部が床を調べた。
  ずるずると廊下を引きずられた血痕だ。
「これ本当の殺人だよ! どうしよ!? 亘どうしよう!?」
「うわーうわー!117だよ!」
「違うよ、111か110のどっちかだよ!」
  亜衣はこの馬鹿どもとは付き合っていられないと言ったように今度こそ踵を返して混乱する二人に言った。
「普通に先生呼ぶか、血痕を辿って行くかしたら? 私、忙しいの。じゃあね」
  亜衣はその場から立ち去った。しばらくして次なる使命感に火がついた立部が言った。
「では僕らは血痕を辿るぞ! 行くぞハットリ!」
  この、二人先ほど道が分かれたのにまた合流している。井上はムフフとほくそえむとノートにメモをとった。探偵×忍者 と。
「シャリーン先輩には負けてられないでござる! 彼女は怪盗の脱皮したものを見つけたらしいでござるからな! 拙者もサムも人肌脱ぐでござる!」
  ひとり井上が妄想を繰り広げてにやついている。そんな三人は血痕を追った。

◆◇◆◇
「HIDE、これが例の物よ」
  シャリーンがデスクの上にビニールの袋を提出した。
  HIDEはしかめっ面でじっくり見た。
「で。これは? なんなのかね?」
「美容下地だ、そうよ。あくまでこれは下地。変装の際に使われた物だって。ころころ変わる仮面もあるそうよ? ゴーグルボーイが言ってたわ」
  HIDEはカールした横髪をいじりながら考えた。加藤竜弥は先ほどかなり高い血糖値をだしていると連絡がきている。念のため使用された針を風紀委員に保管してもらっている。
  やはりあのゴーグル少年は信用ならない。この下地もきっと何も出てこない可能性だってある。いや、逆に大きな落とし穴が?
「美容下地か。風紀委員に回しておこう。だが、これは検査したところで何かの手がかりにはならない可能性もある」
  シャリーンの眉が跳ね上がる。語調を強めて詰め寄る。
「どういうこと!?」
「うちの学校は、これひとつで犯人鑑定ができる優れた生徒はいない」
「だって、犯人の顔に直接つけていたのよ? 見つけられないの!?」
「うちの学校はFBIやスパイ育成の学校ではない。なのに、なのに、なのに、この学校ときたら……嘆かわしい。私は三年生なのになんで春休みさいてこんなこと……」
  チョコをもらえないかという淡い期待で学校に来たばかりに、こんな。
  HIDEは持っていたカフェオレの紙パックを握りつぶして叫ぶ。
「どいつもこいつも使えそうで使えない! 役にたちそうで、役にたたず! どうせなら変装した仮面を探して来い! か・め・ん!」
  HIDEの癇癪にシャリーンもムッとして言った。
「相葉英輝先輩。オシャレ毛と次席の名にかけて、探してらっしゃいな! 怪盗の仮面を! 自分の足で捜索したらどうなの司令官」
「髪の毛と次席は関係ない!」
  大体部長は久保田なのにシャリーンは部長の座を奪還しようと揉めている。さらに後輩たちはまだ自分が部長だと思い込んでいる。
  さっさと高校生活なんておさらばして大学に行きたい。だがチョコを貰うのは忘れない!
  オサラバはそれからだ。
「チョコを貰ってオサラバ?」
  そうだ。この学校の三年生ならやりかねない。
「卒業だぜヒャッホー! ついでだ、チョコも貰っちゃえ!」
  ……それくらいジェット噴射勘違い野郎くらい、いるだろう。この高校は怖いところだし。
「長谷川、今日来ている三年生全員洗え。特に主席の佐藤甲斐が来ていないかもだ! 私はちょっと風紀本部を訪ねてくる」
「三年首席は今日は来てないわ。『彼女に料理を振舞うとかぬかしてやがった、奴は病気だ!』って今朝あなたが騒いでいたし」
「嗚呼……本気で料理振舞っているのか、あの馬鹿。……もうあん畜生、強制的に黒いジャージャー麺食べさせてやる!」
  人の大きさ人形を恋人にしている狂った首席のことをひとまず頭の隅に追いやり、HIDEは探偵部の部室を出た。向かう先は本館にある風紀本部である。

 今回の事件で風紀委員は三つの場所にわかれて管理している。
  ひとつは西館の三階から五階の空いている教室を事情聴取や取調べに使っている。
  ふたつ目は校舎から離れた憩いの場(食堂や売店やらがある休憩所)を利用している。ここは重要だと思われる人や犯人を隔離している。
  三つ目は本館にある風紀委員の司令塔の本部。
  なぜ3つも分ける必要があるかというと、本館は職員室やら外来の人が出入りするので基本的に静かにしなくてはならない。
  そして三年生のいない今でも人口千人いる学校の半分以上が容疑者と犠牲者で場所を三箇所に分けたほうが安全なのだ。
  旧校舎から本館は近い。それでも本館の三階まで駆け上がると息があがる。呼吸を整え、風紀委員本部の扉をノックした。
「探偵部の相葉英輝だ! 風紀委員に取り次ぎ願う!」
「IDと身分照明をしなさい」
  ふざけた返答が返ってきたので思わず扉を蹴り飛ばした。
「合言葉はどこにも存在しない! 開けろ、マリーン!」
  がちゃりと扉が開き、風紀委員副委員長の春日真理(かすがまり)が顔を出す。
「あ〜ら〜、探偵部のHIDE先輩じゃ〜あ〜り〜ま〜せ〜んか〜? はろはろでぇすぅ」
「先ほどからそう名乗ってるだろうが! 間延びした口調は活字にしにくいから止めろ! マリーン!」
「だ〜か〜ら〜〜わたしは〜もうマリーンという名は〜すてたぁんでぇすよぉ〜。マリィって呼んで、ねぇ?」
  空乃のように間延びした口調。面構えも似たようなものを感じる。
  元探偵部の彼女は探偵部を辞めて本格的に風紀委員に腰を据えた。シャリーンとはいいコンビだったが、ある日突然人がかわったかのように立ち去った。
  シャリーンとマリーンはふたりで一つだった。ひとり減るとどうもうまくいかなくなる。チューペットは半分でも食べられるけれど鳥は半分になったら飛ぶことはできない。
  シャリーンはマリーンの変貌が余程ショックだったらしく現実逃避の自分の世界へと飛んでいくことが多くなった。
「もう埒があかなくなった元部下には用はない。池田を出せ」
「だ〜め〜で〜す〜」
「なぜかね?」
  4文字で済む台詞を8文字も消費するマリーンに苛々気味に問いただす。
「功(いさお)タン〜は今〜お昼寝〜た〜い〜む〜で〜すぅ〜。あとに〜するか〜私に〜話すかに〜してくだ〜〜〜〜〜〜〜さい? みたいな?」
「池田! こんな忙しいときにベビーベッドぶっ潰すぞ!」
  HIDEはマリィを押しのけて中へと入った。委員たちが何事かとこちらを見る。
  端の方にベビーサークルに囲われた部分、ベビーベッドから収まりきれない足が2本飛び出している。いつ見てもマッドな光景である。
  HIDEはズカズカと奥に入るとちらりと寝ている人物を見た。
  ベビー用品にまみれたイカレタ小柄な男子生徒が目に入った。HIDEはイカレタ人間は大嫌いだ。
  特に佐藤甲斐みたいなちょっと地位がある人物は。
  この風紀委員長、二年生の十位前後をうろちょろしている池田功(いけだいさお)も同罪だ。
「ね? 天使っみ〜た〜い〜に〜おねんね〜してるでしょ〜う?」
  天使だと? HIDEの顔がゆがんだ。頭の上でちょこざいに回る洗脳器具(ベビーオルゴール)からぶら下がっている天使をもぎ取るとへし折った。
「いーけぇーだぁ! このお友達っみたいな目にあう前に現実に戻ってこい!」
  ぱちっと目を覚ます池田は無残なお友達を見て泣き叫んだ。
「ふええええ! ジュリーの首が! 酷いやヒデドリアン! なんで殺したの僕の駒鳥! ああああん! あーん!」
「ほ〜ん〜と〜! 酷〜〜〜い! あ〜ん〜まり〜〜ですぅ〜〜〜」
「酷いのはお前の趣味と仕事放棄して寝ていることだ!」
  池田はほっぺを膨らませて、ぷーっと拗ねるそぶりをした。
「だって、お昼寝タイムだったんだもん! 眠いんだもん!」
「前から気になってることがあるんだが、お前、授業受けてるのか? この時間どう考えても授業中じゃないか!」
「先輩こそ、授業ちゃんと受けているんですか?」
「何をおっしゃる、なんて当たり前なことを聞くんですか! 受けてるに決まっているじゃないですか! ちゃんと席に座って、先生の飛ばす唾を避けながら、黒板のシミ数えてる! ノートだって必要なことは書いてあるし、見やすく定規で揃えて、色ペン使い分けて、ポイントはパッと見て分かるようにわけてあるし、教科書は綺麗に使ってるし、消しゴムのカスはケースに締まって後でまとめて捨てる! これこそが、真面目に授業受ける姿の基本!」
「せ〜んぱーい。そ〜れ〜……い〜き〜て〜て〜……たの〜し〜い〜ぃ〜でぇす〜かぁ〜?」
「そんな曲がった人生送ってるから髪も変に曲がるんだよ」
「さっさと席につかないと、ジュリーの背骨も変な方向に曲げるぞ、クソガキ」
  HIDEが威圧的な態度をとるので池田は起き上がって仕事場のベビーチェアーに無理やり腰掛ける。
「座ったよ。で、何?」
「『で、何?』じゃあない! 仕事しろ」
「そんな事をわざわざ言いに来たんでしゅか? 探偵部も人手不足で頭回んないんですかね。内線電話でも携帯電話でもかければいいんじゃないか?」
「非常時には携帯や電話は混雑して使えないんだ。むしろお前、電源切ってるだろう? それはともかくとしてだ、今日来ている三年生のリストを見せてくれ」
「そんなの、自分でノーパソ見てよ」
  池田はブツクサいいながらリストを開いた。ずらりとならぶ三年生の項目。思った以上に来ている。
「ちゃんと校門には検問はったし、まだ誰も外に出してないよ? そろそろ脱走者が出るんじゃあないかなーって一応越えられそうな柵とかは見張りを巡回させてるし」
「まぁ……所詮、学校警備じゃもう逃げ出しているやつもいるかもしれないが、三年でまだ検査を受けた通知が来てない人物はどれくらいいる?」
「驚いたことに三年だけ見ると、たった一人以外はみんな受けてるよ? 二年や一年もまだまだ受けてない人がいるけど。たとえば鈴木北斗とかがそうだね。加藤竜弥はもう検査済みらしいところを見ると別行動していたのかな?」
「加藤竜弥の血液検査で使用した針とデータを詳しく知りたいんだが」
「うーんと……何処だっけ? マリィ」
「ま〜だ〜、西館取調室に〜保管してあると〜思い〜ま〜す〜。それと〜、加藤君と〜鈴木君は〜先程まで〜取調室に〜いた〜らしい〜で〜す〜よ〜? 海堂理佳さんから〜先程〜連絡が〜来て〜ま〜し〜た〜。とても〜興味〜深い〜話〜付きで〜……」
「すり変えられてはいないだろうな?」
「大丈夫で〜す。理佳さん〜しっかりみ〜て〜た〜しぃ、その場でぇ、加藤〜〜くん、拘束しようとしたらぁ、鈴木くんが〜抗議してきたん〜〜〜ですってぇ〜『そいつは偽物だ! 加藤はずっと俺といっしょにいた!』って。加藤くんも〜それで間違いないって」
「五百歩譲って、それが本当なら……つまり、加藤竜弥の検査はまだなわけか! もちろん検査しなおしたんだろうな?」
「いいえ〜そこまで聞いてませ〜ん。理佳さんとK様がその場にいましたのでぇ〜直接〜き〜い〜て〜ください〜。功タンはそろそろミルクチィーの時間です」
  哺乳瓶に入ったミルクティーを受け取りながら池田はバイバイと手を振った。
「そういう事で、僕忙しいから頑張ってね!」
「お前結局のところ、仕事しているのか!? もういいよ、役立たず、使えん子!」
  HIDEはひたすらこの学校の未来が心配になってきた。東雲高校はこのまま変人育成学校に成り下がるのだろうかと。
「でも卒業しちゃうから関係ないや!」
  本音が口からぼろりと出た。とりあえずK様と海堂理佳と落ち合おう。久保田に電話をかける。
――はい。
「K様! 先ほど加藤竜弥と鈴木北斗がきたらしいが、それについて聞きたいことがたくさんあるぞ! 今のうちに息継ぎの練習でもしてろ! 今どこにいる!?」
――……西館。
「そんなの分かってる! 何階の、どこの部屋だ!?」
――西館四階A対面室……
「そこに海堂がいるなら、とっ捕まえてとけ!」
  携帯を切ると西館へと息を切らしながら走った。
  加藤が怪しい。誰だってそう思う。だから安易に濡れ衣をきせようとした……と仮定して、だ。
  怪盗は本当に変装して犯行をしているとすれば、なんとも安直なトリックだ。
  ただ、なぜ誰も気づかないのだろうか。自分は安直に仮面や帽子や髪型で誤魔化していると思いすぎていた。だが、特殊メイクとか、この学校だったらできるんじゃあないだろうか? だってこの学校おかしいもん、常識通じないし!
  しかし化粧下地と一発で当てる加藤もやはり怪しい。何か知ってて自分も勝手に動いている。今すぐ加藤竜弥を拘束しておけば手っ取り早い。とりあえず手元に置いておかねば話はおかしな方向へ走るにきまっている。
  ああ、なぜあの時、加藤竜弥が最初に探偵部へきたとき適当にあしらってしまったんだろう。
  向こうには資料渡しちゃったのに、奴はこっちに情報連絡してこない。
「わかんない事あったら聞け」と丁寧に言ってやったのに、まるで「自分に分からないことなんて無い」と言わんばかりにメール一通も来ないし!
  自分は利用されたとしか思えない! 人間不信になりそうだ。

 どがん。
「きゃー!」
「ぎゃー!」
  曲がり角の罠にはまったらしい。誰かに衝突した。こんな忙しいときに出会いなんぞいらない。もうこの学校の人とはお付き合いしないぞ。と睨み付けたら……思わぬ、最悪の人物に衝突してしまった。
  顔面ごと壁に衝突して鼻血ダラダラの一年生の広報部、恐怖のホモゴシップ作家、腐女子井上園子。
  ヤバイ! 恨まれたら最後! 誰かと強制カップリングさせられる!
「すみません。レディ園子! お怪我は?」
  怪我なんて一目で分かる。おびただしい鼻血だ。自分のハンカチですばやく拭う。一瞬にして白いハンカチが赤く染まる。
「大丈夫です。御気になさられなくても。ちょっと鼻血が出ただけです」
  ちょっとどころの量でないことはわかる。すごい量だ。
「私、急いでいるんです。鈴木くんと加藤くんを探しているんですが、知りませんか?」
「い、今からそれを調べに行こうと思っていたんですよ。今回加藤くん怪しいじゃあないですか。鈴木も怪しいし。ご存知ですか? 加藤竜弥はまだ採血されてないのに既に採血データが中央館に五階の三エリアで発見されたそうです」
  HIDEはだらだらと情報を漏洩した。
「まぁ、どうして!? 今回の事件に関係が?」
「どうやら加藤に変装した偽物がいるらしいです。レディ園子、何かご存知ありませんか?」
「そんな! そんなことが! 私何も知りません。スクープですね!」
「あ、知らなかったのか? 鈴木と加藤をマークしているから何か知らないかと思ったら……」
  しまった。井上園子は腐っても(本当に腐ってるが)広報部だ。漏洩はまずかったと思ったが今さらだった。
「そういえば、怪盗バレンタインは鈴木くんのお命狙って動いているとか……」
  また意味のわからないことを口走っているぞ、この女。
  だが、相手にしなかったらしなかったで反感を買ったら……まずい。卒業間近で鈴木北斗の二の舞いなんて勘弁だ。
「命狙われているんですか? なぜそのように思われたのでしょう」
「何故って……それは……その、あれですよ! あれ!」
「ああ、あれですか。わかりました。鈴木くんにもあれに気をつけろと兎角注意しておきます」
  あれって何のことだかサッパリだが、腐女子の考えることは理解しかねるので適当にあわせておけばいい。
「ところで相葉先輩、変装って言いましたけど、それ本当に変装なんですか?」
「はい? なぜそのようなことをおっしゃる?」
「どうして、変装だと思ったんですか? こっそり園子に教えてよ。なんで、そんな馬鹿らしい発想が浮かんできたのか」
「犯人の落し物からそう断定したんですよ。まだ憶測にすぎませんので勝手に真実じゃあない記事やカップリングとかをつくらないように」
「じゃ、真実求めてご一緒させてもらえないでしょうか!?」
「それは困ります。よそ行って別の人について書いてください!」
「大丈夫です先輩のネタにしないと約束してさしあげますので。さぁ! 風紀取調室へ!」
  そう言ってぴったりと背後をとられてしまった。落ち着け、次席! 焦ったっていいことはない。
  HIDEはとぼとぼと西館の階段を上がった。