02
放課後の図書室、空乃と陸は鈴木と加藤と待ち合わせをした。
以前鈴木と空乃が会話をしていた図書室の一角を陣取って、ややげんなり気味の鈴木と相変わらず何を考えているのかわからない加藤を前に空乃が切り出す。
「鈴木君は今回も〜、また大変な目に遭われているみたいですねぇ」
「呪われているんじゃない? 顔色も悪そう」
陸に言われるまでもなく、顔色はたしかに悪い。加藤が笑いながら手をぱたぱたと振った。
「いやさーもうすごいんだって。井上と劣のコンボでいじめられてんだぜこいつ。そらぁ腹のひとつもくだしたく……」
「お・ま・え・も・だ。加藤!」
鈴木に首を絞められても加藤は顔の色ひとつかえなかった。陸が加藤を見ながら
「もちろん今回も加藤、あんたが絡んでいるんでしょうね?」
「ああ、よくわかったな」
「じゃなかったらあんた部外者でしょう! でていけ」
あっち行けと言われて加藤はにやにやと笑いながら鈴木の衣類が盗まれた経緯を話しはじめたのだった。
服がなくなりはじめたのは今から一週間前くらいかららしい。
三日目になって、加藤が鈴木のジャージを着て『鈴木見ろよー!』とあらわれたところを鈴木が問い詰めたところ、加藤が盗んだのかと思ったそれは、校内にあるお下がりコーナー(ブルセラ)で売られていたものを、加藤が面白半分で購入したものらしい。
すでに何着かは落札されていて、行方がわからなくなっていた。
他の生徒から近頃西園寺が三組に出入りしているという目撃情報を聞き、西園寺を問い詰めに行ってみるが、凄い剣幕で否定されて追い返された。
しかたなく、地道に張り込みをしようと決めて数日後……西園寺を現行犯で捕まえたというわけである。
「……確実じゃない?」
頭が痛いとばかりに陸が空乃に聞いた。空乃は汚物を見るような目で
「気持ち悪いですぅ〜。そんなウンコ野郎は〜水と一緒に流しちゃいましょう! もし詰まったらラバーカップでぽこぽこって流して見せます!」
「はぁ……まぁ、お願いします」
このまま病院に担ぎこまれてもおかしくないような憂鬱そうな表情で鈴木がそう言った。
と、そこで加藤が手をあげる。
「俺さー思うんだけど。先に鈴木の服の行き先が気になんねぇ? だって相当な金額でかなりの倍率で争われてたぞ?」
沈黙が走った。空乃と陸が目を合わせる。
ブルセラで落札された服の行き先なんて、最悪に決まってるではないか。とりあえず、恐る恐るブルセラコーナーに聞き込みを行くのであった。
◆◇◆◇
同日の放課後、海馬と森下と西園寺はそのまま学校内の食堂で打ち合わせをしていた。
顔面蒼白となってぶるぶると紫色の唇を震わせる西園寺を見るなり海馬は森下に耳打ちした。
「駄目、こいつ絶対黒よ。見ればわかるわ、上から下まで全部真っ黒…白いといったら顔色の悪さぐらいよ」
「まぁ……話ぐらいは聞こうよ」
森下も海馬と同じことを思ったが、あえてそう返した。こそこそとそんな話をしていると、西園寺は鼻息も荒くこう言った。
「貴様ら、僕が富士山の雪のように真っ白であると証明しろ」
「はいはい。で、西園寺はどうしてあそこにいたのか本当のことを教えてくれるか?」
「ぬぅ……」
あまり乗り気ではない投げやりな口調で森下が聞くと、西園寺は低い声で唸るとぼそっと聞きかえしてきた。
「しもべ妖精を知ってるか?」
「知らないわよ。何それ」
「しもべ妖精は貧乏でな。でも健気なんだ。鈴木の服があまりにも汚いので夜な夜な服を持ち出して、綺麗にしてるんだが、無理な労働にメンバーの半分が椎間板ヘルニアにかかってしまい、大変そうだったので僕が一役買ってやったてわけだ。クリーニングに出して、鈴木のロッカーに戻そうとな……」
「めでたい話だな。それで西園寺が捕まったのならばおめでたい話もおめでたく終われないんじゃあないか?」
「やる気あるんか、あんた! そんな嘘で裁判に勝てると思うなよ、ばーか! ばーか!」
「勝ってもらわなきゃ困る」
森下と海馬が本当に放り投げかけたので、西園寺は慌てた。
海馬が気を取り直して聞き返す。
「西園寺、だったら事の真相教えて。じゃなきゃあ、アタシたちなんもできないわ! 一番良くないのはあんたを信用していいかどうかよ! あんたやったの!? やらなかったの!? ええどうなのよ?」
すごい剣幕で問い詰められて西園寺は首を左右にぶるぶると振って否定した。
「僕は無実だ。なぜこの僕が鈴木の服を盗んでブルセラに売るような行為なんぞやらなきゃいけない? 僕変態じゃないし、金にはこまってないし、もっと効率のいい嫌がらせ思いつくし。まったく今回の件はナンセンスだ!」
「じゃあ、事の真相教えてくれるよな?」
笑顔で森下に問い詰められて、西園寺は押し黙った。海馬がさらに問い詰める。
「何でそこで言葉に詰まるの? なんか喋っちゃマズイことでもあるの?」
なかなか口を割ろうとしない西園寺に、森下が何か思いついたように言った。
「しかたないな。それなら僕たちが当ててやるとしようか。ついてきて」
食堂を出て、廊下を歩くと心理科学部の部室へと三人は入った。
「すみません。ポリグラフ貸してもらえますか?」
「ああ、どうぞ。使いかたはわかりますね?」
そんな会話のやりとりをしたあとに、森下は小さな吸盤のようなものをぺたぺたと手際よく西園寺に貼り付けながら説明した。
「ルールは簡単。ノーと答え続ける、針が振れたらそれは嘘……つまりイエスってわけだ」
「なるほど嘘探知機にかけるのか。頭いいわね、森下」
「まッ待て! 犯則じゃないかそれは!?」
狼狽する西園寺に森下がにやにや笑いながら煙草を咥えた。カチッと火をつけると煙を吸って、西園寺の顔に吹きかけながら言う。
「お前も男なら覚悟決めろよ? 本当のこと言いたくなったらさー、全部喋っちゃっていいから」
「一度やってみたかったのよね。FBIのテストみたいでおもしろいわ」
「じゃあ始めよう」
電源をカチっと入れるといきなり針が上に下にとぶんぶんと揺れた。
「ちくしょう……正直者の典型みたいな針のふれかただな。こういうのが一番わかりにくいんだよ、嘘もついてないうちから嘘ついたときみたいな反応でちゃってさ……」
しばらく待って、落ち着いた頃を見計らって、真相解明という名の嫌がらせが始まった。
「えーとまず……西園寺は何か隠していることがあるわね?」
「NO!」
針が一気にぐいんと振れる。嘘をついているということである。海馬がおもしろそうにポリグラフを見ながら次の質問をした。
「鈴木のジャージを売ったのは西園寺だ」
「NO!」
今度は針が動かない。
「ということは西園寺は鈴木の衣類を盗んでいないということか……いきなり予想がはずれたわね」
海馬が唸っているところを横から森下がぼんやり考えて質問してみた。
「これは僕の興味本位なんだけれどもね……西園寺はブルセラに興味ある?」
「NO!」
ぐいん、と針が振れた。森下がにやりと笑う。
「興味あるんだ。誰かの服を買ったことがある?」
「NO!」
また針がふれる。
「買ったこともあるんだ。ねぇそれってまさか男の服じゃあないよね?」
「NO!」
「臭いかいだりした?」
「そういうこと聞くな!」
大きくふれる針にけらけらと笑いながら森下は次の嫌がらせのような質問を考えた。
それに耐え切れなくなったのか、西園寺がぺしんと嘘発見器を机にはずして叩きつけると叫んだ。
「本当のことを言えばいいんだろうが! 本当のことを!」
「そうそう、そうしてくれよ」
最初からそうしてくれればいいのだと、森下と海馬が頷く。こうして西園寺の証言がはじまるのである。
西園寺の告白
西園寺は怒り狂っていた。
なぜかはわからないが、何時の間にか鈴木の体操着類を盗んだと決め付けられていたからだった。
たしかにこの数日ここの教室に出入りしていたのは事実だが、まったく謂れのない疑いだった。
いつもは違う目的でここに来ていたが、今日はその疑いを晴らすべく張り込みで犯人を捕まえようと思い 三組の教室へと入った。
放課後のためか、もう誰も教室には残っていない。
「何故僕がこのようなことを……いや、でもこれは鈴木のためというより自分のためなのだからここは気合一発いれて犯人をボコ殴りにすれば、鈴木は少しは僕こと尊敬するに違いない。いや、でもなんで僕が……」
さっきから頭の中でぐるぐると同じことの繰り返しが続いてた。
とにかく物陰に隠れて張り込んでいた。
しばらくすると、三組の引き戸が開かれ、誰かが入ってきた。
息を潜めて見ていると、その人物は鈴木のロッカーから体操着を取り出してビニール袋につめているではないか! 西園寺は素早くカメラにその姿を収めた。カメラのフラッシュに気づいてこちらに振り向いた犯人。だがその人物は……
「鈴木。なにやってる……?」
そこには鈴木がいた。何処とは具体的にはわからないが、何か違和感があった。掃除用具箱の中から顔をのぞかせている西園寺にさえ、鈴木はそんなにビックリしたふうじゃなく、こちらを真っ直ぐ見た。
「俺はここに衣服置いていたら危険だと思って取りにきただけだけど。お前こそなにしているんだ?」
ごく自然な、道理の通ったことである。鈴木はちゃんと自分の事は自分で守ろうとしているのだ。なんだか自分が介入して犯人探しなんてばかげた話のように感じた。
「もう勝手にするがいい、僕は帰る!」
「そう、じゃ」
鈴木はそう言うと西園寺の肩に軽く手を置き、そのまま行ってしまった。
その瞬間、西園寺は叩かれた肩から全身が粟立つような怖気が走った。ぶるるっと震えてから今自分の肩を叩いていった鈴木を振り返る。この男、こんなねっとりした触り方をするような奴だっただろうか。
西園寺はなにか胸に引っかかるものを感じて、こっそりと後をつけた。すると、鈴木はジャージを持ってブルセラにそれを渡そうとしているではないか!
「なにやっとんじゃきさん!?」
思わずお下がりコーナーから鈴木を引き離して問い詰めた。よく考えてみれば、鈴木を陥れる絶好のチャンスだったのかもしれないが、西園寺は反射的に食い止めてしまった。
「お前、まだいたの?」
「何しようとしてるんだと聞いている!」
「売りに来たんだけど?」
「ここは何処だか分かってんのか!?」
「ブルセラショップ」
即答されてショックを受け、眩暈を覚えている西園寺に鈴木が面倒くさそうに言った。
「なんだよ、別にいいだろ自分の服なんだから、どうしようが」
西園寺は衝撃をうけた。たしかにどうしようが勝手なのだが、鈴木はそんな不道徳なことからは無縁の男だと思っていたからだ。
ふらり、ふらりと壁に手をつき、それからぶつぶつぶつと何かを呟いたあとに西園寺はくわっと顔を上げた。
「違う! 僕の知っている鈴木はこんなところに来ないし、このコーナーの存在も知らずに会長の椅子に座って幸せそうにしてる憎き敵(かたき)。その鈴木がここにいるなんてありえない!」
西園寺は言い切ってからじんましんがたくさん出た自分の手を鈴木に向かってつきつけた。
「だいたいお前、鈴木と顔や成り立ち振る舞いが違うんじゃあないか? それに僕はホモアレルギーだ! お前からは鈴木の五倍くらいそっち系の臭いがする。貴様、何処の回し者だ! これ以上僕の鈴木のイメージぶっ壊すな!」
西園寺は混乱していて普段自分の口からは出てこないようなハチャメチャなことをのたまっていた。自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえずこのおかしい鈴木をどうにかしなくては自分がおかしくなる。
「あははははは」
鈴木が笑ったので、西園寺は腹を立てて地団駄を踏んだ。
「うんがーッ! 何笑ってんだ!」
「そうだよ。俺ノーマルじゃあないし、鈴木北斗でもない」
「……!? あっさり認めやがったこいつ! だとすればきさんは誰だ!」
「俺は須々木。ちなみに他校生だから。背格好同じだから変装したのに。こんな熱烈のファンがいたんじゃ、ばれても仕方ないな」
丁寧に掌に漢字を書いて説明してくれる須々木を指差した手がわなわなと震える。何を言おうか散々迷って、
「何のために、そんな……」
「頼まれてね。お金もらえるし、面白そうだし、絶好の暇つぶし。鈴木って一種のアイドルらしいじゃん。結構高値で売れるんだよね」
須々木の「面白そう」とか「暇つぶし」という言葉に一瞬加藤を連想したが、加藤とはまったく違うもっと倫理観に欠けた悪質なものを感じた。
それにしてもこのお下がりコーナー、あることは入学した当時から知ってはいたが、流行っていないと聞く。誰が鈴木の服なんかをわざわざ鈴木にそっくりの男を用意してまで売るのかがわからない。誰が買うのかもわからない。
西園寺は唇をギリギリと噛みながら訊いた。
「いくらだ?」
一瞬須々木はきょとんとしたが、鈴木そっくりの爽やかな笑みで指を三本立てた。
「3千円か!?」
「おしいなぁー、ゼロがもう一つ付く」
「高っかー!」
お下がりコーナーで売られている服ってそんなに高いとは知らなかった。なるほど、どうりで流行ってなくても廃らないはずである。一着売れるだけで部の存続が可能だ。
西園寺は裕福な家庭で育ったが、今そんなに金を持っていただろうか? いや、無い。そんな大金をいつも持ち歩いているような成金趣味はないからだ。
今金目のものといったら……お気に入りのデジカメぐらい。
西園寺はしぶしぶと中からメモリーを取り出し、突きつけた。
「新品に近いし、最新型だ」
須々木は少し考えたが、カメラを受け取った。かわりにビニール袋に入った鈴木の衣服を西園寺に手渡し、
「臭いかぐなり、着るなり、舐めるなりして、好きにしていいから。毎度ご贔屓にー、じゃあね」
そう言い残し須々木は姿を消した。
「貴様なんぞもう二度と会いたくないわい! うわーん、僕のデジカメ!」
西園寺は暫くわめいたあとにはっと気づいた。
「別に鈴木の服を買い戻す必要はないじゃあないか! だまって須々木がブルセラに売っている写真とって鈴木に突きつければよかったんじゃないか!? むしろ、逃してしまった! 僕のデジカメかえせぇー! おのれぇ鈴木北斗めぇ!」
怒りの矛先は無意味に鈴木へと向く。まったくわけが分からない。
そもそも須々木に依頼した人物って誰だ? よりによってなぜブルセラに服を売るのだろう? そもそもブルセラで買われていった服ってどうするんだ? 他人が身につけたものだぞ? それの臭い嗅いでどうなるというのだ? よく変態でハァハァしている人がいると聞くけれども、……臭いのどこがいいのだろう。
様々な思惑が西園寺の頭の中を交錯する。
おもむろにその袋の中の臭いを嗅いでみた……
「ンガッゲホっ!?」
思いのほか汗臭くて西園寺は咽せた。
鈴木からはフローラルな香りがするとまでは思っていなかったが、もっと無味無臭のイメージがあった。廊下の窓をがらりと開けて、外の空気を吸ってため息をつく。
「最悪だ、服ちゃんと毎日あらってるのかよ本当に! 信じられん。なんかプールで可愛い女子の処理し忘れの腋毛(わきげ)を見てしまった時に良く似たショックだ!」
西園寺の中で憎き敵のイメージがどんどんと崩れていく。真っ直ぐ近くのクリーニング屋にその体操着を持っていた。
数日後、綺麗になった体操着を満足げに受け取って店の外に出たとき、西園寺は重大なことに気がついた。
「しまったー! これをもっていたら僕が犯人みたいじゃないか!? どんどん容疑が僕にかかってくる。どっどっどうすれば……いやいや、落ち着けー落ち着け、自分。僕はまともだ。別に変態じゃない。鈴木の服をどうこうしたわけじゃない……むしろ綺麗に洗ってやったんだ。ほーらなんも悪くな……い……こっそりもとの場所に戻しときゃいいだけの話だ」
すべて自分に言い聞かせるように言いながら、西園寺は早速三組の教室へと入った。こんなところを誰かに見られたらひとたまりもない。早くすませてしまおうと、鈴木のロッカーに手をかけ、クリーニングに出した体操着をしまおうとした。と、そのとき……
「劣……」
いやに背中がゾクッとした。
聞き覚えのある声に毛穴から汗が噴き出すようだった。
おそるおそる振り返ると、そこには本物の鈴木と加藤が白い目でこちらを見ていた。
しまった、急ぐあまりに人の気配の確認を怠っていたのである。しかも本人に見られた! 決定打である。
鈴木のほうも、さすがにこの展開にショックを覚えているようで、最初は呆然としていたが、そのうち怒りがこみ上げてきたと見える、びしっと西園寺を指差すと大声で怒鳴った。
「劣! やっぱりお前の仕業だったんだな!」
「ち、ちがう! ぼっ僕じゃない!」
首をぶんぶんと振って否定したが、この状況でどうやって言い逃れできるというのだろう。
加藤がクリーニングされた体操着を確認してから
「お前以外誰がいるんだっつーの、逮捕! 逮捕!」
薄暗い教室に響く加藤の声と風紀委員の警笛。
二人に取り押さえられ、西園寺は叫んだ。
「僕は無実だぁー!」
◆◇◆◇
「教えられないってどういうこと!?」
お下がりコーナーで陸の怒気のにじんだ声が響く。
窓口から少しだけ突起したマイクから陸に怯えたのかおどおどした男子生徒の声が聞こえる。
「ですから、プライバシー保護です。情報は洩らせませんし、そもそも誰が売りにきて、誰が買って行くのかなんて分からないシステムになってるんです。こちらとしても詮索されてはこまります!」
「裁判で必要な情報を調べて何が悪いってのよ!? あんた自分の服売られたことはある? 私はないけれどもどれだけ不快だか分かっているの!? 場合によっちゃあんたたちの部活も公務執行妨害と猥褻物陳列罪と少年保護法と風俗取締法で法の裁きを下すわよ!」
よく考えてみればそれだけの法律にひっかかる部活がいまだに存在する東雲高校も相当腐敗が進んでいる。
秋野千早時代の生徒会が金で動いていることは分かっていたが、こんな部活をよく許したものだと同じ女として陸は思った。
空乃が隣から顔を覗かせて、マイクに向かってのんびりした声で訊いた。
「どういうー、システムなんですかぁ? それだけでも教えてくださぁい」
「し、しかしですね……」
「そのふざけた声で返事している男の首引っ込めて上司を今すぐ呼んでこないとぉー、探偵部の力を借りて汚職から洗い出しますよぉ?」
探偵部の名前が出てきて鈴木が呆れる。そんな部活もあったのかと。
千早がこのリサイクル部を放っておいたのも、鈴木がまだこの部活を取り締まってないのも、ひとえにこの膨大な量の部活名のせいである。
探偵部の名前に受付の生徒は焦ったようにしぶしぶ話し始めた。
「見てのとおりお互い顔が見えないように仕切りがしてあって、下に開いている窓口から品を渡されるんです。こちらは番号カードを渡して、数日後に売れた金額を精算コーナーに回すんですが、そこにある精算機に番号カードをとおすとその金額がでてくるような仕組みです」
「いらんところで手の込んだことを……」
鈴木が苦々しげに呟いた。
だいたい、どうして精算機なんてあるのだろう。リサイクル部なのだから、精算機を買う金で車椅子でも買えばいいのに。
受付係はさらに説明を続ける。
「でもって、品が入ったら携帯サイトで商品を紹介するんですよ。するとどんどんメールで競り落とされていくんですが、最終的に一番高値をつけた人にメールでロッカーと鍵の番号教えて、口座に振り込んでもらうんです」
「いらんところで手の込んだことを……」
「その台詞、2回目だぞ」
加藤につっこまれつつ、鈴木は低い声で唸った。
陸が困ったように言った。
「ネットオークションか……困ったわ、誰に渡ったのかがわからないのね。そういえば加藤君は鈴木君のジャージを落札したのよね? どんな状況だったの?」
「聞きたくねぇー!」
思わず耳をふさぐ鈴木。加藤はけらけら笑いながら、
「あんね、十二人ぐらい競ってたな。でもって面白半分に買おうとしたんだけど、なかなか取れないから半ば意地で大金はたいたんだけど、一人だけやけに金の羽振りがいい奴がいてさ、そいつとずっと競りあいしてたんだけど、五万七千円ぐらいでケリがついた。もう俺その一回の戦いだけでかなり金かかったからもうやってないけど」
「その携帯サイト見せてください」
空乃が自分の携帯を差し出したので、加藤は学校内の端末にアクセスしはじめた。
三人が携帯を見ている中、鈴木は見たくも聞きたくもなかったが、気になってちらっと少しだけ見た…瞬間がばっと覗き込んだ。
「なんだよ!? 俺がいつの間にか失くしたと思ったものがこんなにわんさか!」
「服以外にも色々とぉ、あるみたいですねぇ〜。見てくださぁい、コップまで」
「『次席の生徒会長のシャーペンで権力のご利益アップ』ってキャッチフレーズどう思う?」
「訴えて! 買った奴も売った奴も訴えてくれ」
わらわらと出てくる遺失物の数々に鈴木が憤慨している。
加藤は淡々と履歴を漁りながら、空乃と陸があれはどうだの、これはどうだの、こんなものまであんなものまでと感想をのべていく。
陸がざっと見ても分かったことを言った。
「この『プリンセス』とかいう人……殆どというか、加藤君と競ったの以外全部この人が競り落としてるじゃない」
「何処の腐れ女子だ。この学校に警察部はないのか!? 今すぐ逮捕してくれ、逮捕礼状は俺が捏造するから」
「汚職がないから北斗君はいいんですよぉ、そんなことしちゃあ駄目ですぅー。このプリンセス、よほど鈴木君に執着しているみたいですねぇ。ほかの人の服には目もくれてないみたいだし」
「じゃあさ、俺が刑事役な? プリンセスは俺が探しといてやるから、お前ら明日の裁判で劣を潰す方法でも考えてろ。あー、ここに警察の服のお下がりとかねぇの?」
加藤が最後に舌打ちしながらまだ携帯を覗きこんでいる。
鈴木は体の力が抜けるようだった。早く終わらせたい。
明日の準備の指揮はしゃっくりの持病もちの副部長松山香織(まつやまかおり)がとっている。外も暗くなってきたが資料は次から次へと運ばれてくる。陸が苛々と資料を見ながら言った。
「ちょっと……この犯罪遍歴っぽい資料何よ? 劣よりもブルセラ部を訴えましょうよ」
「へぇ……そんなに酷いんですか? リサイクル部」
後輩の五十嵐直哉(いがらしなおや)が資料を覗き込んで、「うわっ」と呟いた。
「これは……先生行きを突き抜けて、警察行きにしたほうがいいですよ」
「うちの保守的な先生がたが学校の粗相を外に出すと思う? いちおう受験校なんだよ、ここ。成績さえよければ何やってもいい学校だから」
隣から五十嵐と同じ学年の太田裕香(おおたゆうか)が口を挟んでくる。彼女たちは今回アシスタントである。広報部やら風紀委員がおさえている過去の資料をもらいにいったり、証拠物件を集めさせられたりしている。
「どうりで秩序と倫理観と人間性に欠けた連中が多いわけだな」
「そういうあんたが代表例ね、五十嵐」
「陸先輩、俺は潔白です。戸浪先輩とかを代表例にしましょう」
「そこで先輩を吊るし上げるあたりが裏切り者よ」
戸浪克典(となみかつのり)は揚足裁判以降、弁護士資格を剥奪された挙句、千早の回し者だということが皆にバレて爪弾きにはされてないまでも、風当たりがよくない。
裁判部はなんだかんだ上下関係はあっても結束が強い部活なので、自分達の情報を売っている人間がいたということに皆が感心しなかったのだ。
なぜ彼は千早についたのだろう。千早に弱みを握られていたのだろうか、それとも裁判部に恨みがあったのだろうか、それとも彼の欲を叶えるほどの千早がいい条件を出したのだろうか……そんな考えが陸の中をぐるぐる回る。
ぶるぶると頭を振った。今は関係ない。
「山住、ジュース買ってきて。あとなんか裁判部全員の夕食を経費で」
「ハンバーグがいいですぅ。飲み物はー、コーラがいいですぅ。あとプリンもお願いします」
「また自分スか? 空乃先輩はいつか太りますよ?」
面倒くさそうに山住が言った。陸が長い髪をがしがしとやりながら、
「今夜は泊まりこみね、資料の量が多すぎるのよ。部長、なんで今回は時間がないんですか!?」
東雲高校は先ほど太田が言ったとおり、学校名に傷さえつかなければ何をやってもいいという学校なので、たまに泊まりこみをしている部活もある。部長は苦苦しく呟く。
「そんなの決まっているじゃない。犯人が西園寺だと思ったからスピーディーに決着がつくと思って初公判を早く設定しちゃったのよ。こんなに裁くべき人間がたくさんいるなんて私も思いませんでした」
ぼろぼろと出てくる悪行の数々に陸たちが呻いているところに、海馬と森下がよれよれになって帰ってきた。
「あー、森下くぅ〜ん海馬くぅ〜ん、おかえりなさぁい。どこ行ってたんですかぁ?」
「いや……ちょっと外に」
「校内を走り回ってたのよ」
憔悴しきった二人が顔をつき合わせた。
「森下、見つかった?」
「見つかるわけがないだろう。何度も鈴木を捕まえてしまったよ」
西園寺も無理を言う。須々木を捕まえてこいだなんて、たった一枚しかない須々木の写真を渡されても裁判部は鈴木と須々木の区別がつかない。
「また北斗君を追い回していたんですかぁ? 懲りないですねー、劣も海馬君も」
「森下まで何やってんのよ?」
「うるさいよ、黒歴史を残せって言ったのは陸だろう」
こちらも苛々としているらしく、煙草に火をつけて一服しながら森下は頭を抱えた。
「資料が少なすぎる……」
「羨ましいわ。さて、いつものやつやりましょうか」
「いつものって?」
海馬がわかっていたけれどもつい聞き返してしまった。陸が当然のように言った。
「誰が勝つかよ」
「はああああああ? 西園寺が負けるに決まっているでしょう。賭けるまでもないわよ」
「聞いてみなければわからないじゃない。西園寺劣が負けると思う人、手ぇあげて」
その場にいた部員全員が手をあげた。海馬と森下はもちろん、目立ってはいなかったが戸浪でさえ手をあげていた。
「駄目だ……今回は勝負がイーブンじゃあないからせめてこいつらを訴えたときに賭けしましょうよ」
と陸が、自分の持っていた資料を海馬と森下のほうに渡した。
それを覗きこんで森下がため息をついた。
「裁判部から失くなったものが幾つもある……僕の歯ブラシ値段捨て値だし、買い戻そうかな」
「アタシこいつらにだったらいくらだってアイコラ作ってやれるわ!」
海馬が何気に西園寺の影響が色濃く残っていることにもう誰もつっこみはしなかった。今日は徹夜で資料を洗った。