金の行方、ギーの行方

 翌日、シャリーフがひとりは北へ行く、もうひとりはカモミールを見に行くと言っていたと言い始めた。
  レインマンが早朝に電話をいれて、北を探すようにお願いしたところ、昼になる前にシャンティーの森で凍えていたジェルヴェがつかまった。
  ジェルヴェはタクシーの運転手に金を取られたことや、自分が脱獄したくてしたわけではないことなどを話した。
  警察の報告を受けて、なんとなく嫌な予感がした。ギーに近づいているはずなのに、何故だろう。
「そのタクシーの運転手、どんな人でしたか?」
  警察に聞くと、彼は手帳のメモを見てこう答えた。
「リヤードと名乗っていたそうです」
  その名前を聞いた瞬間、とても頭痛がした。
  別にレインマンのエンパス能力が鈍磨したわけではなかった。ただ自分の唯一思考の読めない相手がギーの近くにいるというだけだ。
  リヤードの周囲の情報は全部霧がかかったように見えなくなる。つまり彼らがいっしょに行動している限り、透視はできない。

「すごく伝えたくないことがあります」
  警察署が駄目なアランは外で待っていた。あまりに言いにくそうなレインマンに、アランが「死んだのか?」と聞いた。
「ギーくんはまだ生きていると思います。問題は僕の恋人が脱獄囚といっしょに逃げているってことです」
「どういうことだ?」
「そのまんまですよ。僕の恋人のリヤードがギーくんを拉致した犯人のひとりってことです」
  リヤードの名前を聞いたアランは一瞬間を置いて、「お前はそっちの趣味があるのか」と嘲笑った。
  別にこの際蔑まれても文句は言えない。そしてリヤードは何をやっているんだと、自分も腹を立てている。
「そいつも殺してやる」
  アランが低く呟く。彼ならば本当に殺しかねないと思った。
「なんでも殺す殺すって、本当にギーくんは忍耐強かったみたいですね」
  もう二日目にしてアランといっしょにいるのが嫌になってきた。
「もうちょっと人を人間らしく扱ったらどうですか?」
「人間らしいってなんだ?」
「お互いを尊重し合って支えあうのが人間だと思います」
「じゃあお前は人間で私は人でなしか?」
「そこまでは言ってませんよ」
  自虐的な男にレインマンが眉をひそめる。
「お前にはどうせ理解できない」
「わかった気になるなって言いたいわけですね」
「多少思考や記憶を読めるくらいで知った気になられるのは不愉快だ」
「それでも"彼"だけは特別だと?」
  レインマンは意地悪そうに口を歪めると言った。
「ギーくんに期待しても、彼はあなたのことなど理解してはいませんよ。執着して裏切られたと言って逆恨みされても困ります」
  アランも負けじと笑う。
「お前にあいつの何が理解できているっていうんだ? 恋人ひとり管理できないくせに」
  お互いの間に沈黙が広がる。不毛だからやめようと先に言い出したのはレインマンだった。
「リヤードはタクシーの運転手歴が長い。パリの地理にとても詳しいです」
「検問は突破されるな」
「そういうことです」
「何故、お前の恋人が脱獄囚に協力しているんだ?」
「金に目がくらんだんですよ。脱税した金を森に埋めている脱獄囚がいたんですが、そのお金を手に入れたようです」
「碌でもない男だな」
  アランにそう言われた。たしかに碌でもない男なのかもしれない。だからといって自分が碌な男かと聞かれたらそういうわけでもない。
「金を手に入れたら、使いたくなるはずだ」
  アランの言葉に目を細める。
「問題は脱税した金ということだな。番号が銀行に残っていない」
「それについては僕が対処しましょう」
「どうやってだ?」
  今来た道のりをもう一度警察のほうに戻りながらレインマンは後ろを振り向く。
「脱税した脱獄囚の記憶から当時の記憶を抽出します」
  本人ですら一枚一枚の番号など覚えていないはずなのに、それを読み取るというのか。そんなことができるというのか。
  レインマンの言葉にアランが笑った。
「本当に化け物だな、お前」
「そうですね」
  自分は化け物だとレインマンは胸中呟く。口を歪めて、そのまま警察署の中へと消えていった。