05/14

　昨日酒を気持ちだけ飲んで、ぐっすり寝たためか今日はすっきり起きることができた。
時計を見ると六時だ。自分にしては早起きなほうかもしれない。
　 窓を開けて空気を入れ替えると、温室にマリー・ルイーズが入っていくのが見えた。こんな時間に彼女はハーブを摘んでいるのか。食事に摘みたてのハーブが使われるのは知っていたが、彼女の影ながらの努力があってこそなのだな、と実感した。
　 顔を洗って髪を梳かし、早起きした使用人が入れてくれたカフェオレを飲んでいるとレインマンも起きてきた。
「おはようございます」
「おはようございます。ねぼすけさんが今日は早起きですね」
「なんですか、ねぼすけって。七時に起きるのは普通です」
　 レインマンはギーのことをすぐからかう。使用人がすぐにレインマンの分のカフェオレを持ってきたので、それを飲みながら彼は言った。
「今日の予定は何があるんですか？」
「ああ、今日はオフなんですよ。特に予定はありません」
「何もないんですか？」
「ええ。何も」
「じゃあ久しぶりにギーくんのお菓子が食べたいです。何か作ってもらいたいんですけれども、お願いできますか？」
「お菓子って、つい数日前に試食用のお菓子を食べたばかりでしょう」
「忘れましたね、そんなこと」
　 レインマンはしれっとそう言った。都合の悪いことはなんでもさらっと忘れる人らしい。
「私に料理の作り方教えて欲しいな」
　 いつの間にか部屋に入ってきたマリー・ルイーズが話に割り込んでくる。
「マリー・ルイーズ、今日薬草園では何がとれましたか？」
「パイナップルセージとアップルミントとレモングラス」
「じゃあそれをお菓子にしてもらいましょうね」
「ちょっ……」
「わーい。私もいっしょに作る！」
　 とんとん拍子で何かを作る話になっているので、今日はお菓子を作るしかなさそうだとため息をついた。

　マリー・ルイーズは形から入るタイプらしく、パステルカラーのエプロンと三角巾をつけていた。ギーは何もしなくていいと言ったのに、無理やり黒いエプロンを着用させられた。
「では、まず何を作るか決めないといけませんね」
　 ギーはハーブを少しずつ千切って食べてみた。全部いっしょにゼリーにしてしまうこともできそうだったが、それだけではつまらないような気もする。
「レモングラスとアップルミントを細かく切ってお湯で蒸らしてください。その間にベーキングパウダーと小麦粉をいっしょに篩（ふる）って、ゼラチンを水でふやかします」
「何をつくるの？」
「フレッシュハーブのジュレとセージのシフォンケーキにしようかなって」
「わあ、シフォンケーキ大好き！」
「食べるのは最後ですよ、マリー・ルイーズ」
　 軽く注意しながら手早く準備を始める。マリー・ルイーズには失敗しそうもないところを任せ、粉を篩（ふるい）にかけて卵黄と砂糖を混ぜる。
「ギー、私がやることは？」
「じゃあメレンゲ作れますか？」
「メレンゲって卵白泡立てるだけでしょう？　できるわよ」
（ところがそのメレンゲを泡立てるのは体力がいるんですよ）
　 胸中そう呟き、ゼラチンを沸かしたハーブエキスの中に溶かしてパイナップルセージを刻む。ふと振り返ると、案の定メレンゲを泡立てるのに疲れたマリー・ルイーズがいたのでそれを替わり、オーブンの中に生地を入れてからハーブティーで一息ついた。
「焼けるのが楽しみ〜」
「マリー・ルイーズは何をしたんですか？」
「ハーブエキスをつくって、メレンゲを泡立てました」
「ギーくん、彼女はちゃんとできていましたか？」
「ええ、できていましたよ」
　 まあちゃんとできないような仕事は最初から任せなかったのだから当然といっては当然だが。
　 オーブンが焼きあがりを知らせる音を立てたので、シフォン型をひっくり返して冷まし、そしてお茶会になった。

「美味しいですね」
　 意外そうな声をレインマンが出した。
「マリー・ルイーズががんばったからですよ」
「彼女ががんばって料理を作るときほど失敗するのに。監督がよかったんでしょうかね」
「素直に美味しいって言ったらどうなの？　エミール」
　 ジュレを食べるマリー・ルイーズを見ながら、レインマンは言った。
「だって若かった頃は上と下が分離して上はかちこち、下はどろどろのゼリー作ったじゃあないですか」
「どうやったんですか？　難しかったでしょう」
「ギーくん、興味を持っちゃいけません」
　 そんな調子でその日の午後は暮れていった。毎日こんな麗らかな日が続けばいいのに、と思うギーだった。