06/22
その日、朝のニュースで嫌なものを見た。
パリで猟奇殺人事件が起きたのだ。十三歳の女の子が刺殺死体で見つかった。目隠しと両手が縛られた状態で上半身が裸になっている。抵抗したあとはない。近くに赤いチョークで魔方陣が書いてあるというものだ。
(ピッキュアリズム、悪魔崇拝、サディズム、少女愛ってところでしょうかね。強姦のスタイルとしては怒り興奮型? でも強姦された痕はないわけだから殺人罪だけかな。あ、でも刺すことで興奮したと捉えれば強姦にはなるのかなあ……)
ニュースを見ながらそんなことを考える。フランチェスカがそのニュースを見て眉をひそめた。
「ギー、こんな事件に興味があるの?」
「え、いや……プロファイリングやっていた頃が懐かしくなっただけです」
「そんな悪趣味な懐古趣味やめてよ。消そう消そう、朝食美味しくなくなっちゃう」
ピーマンとにんじんたっぷりのボロネーゼを少しだけ残してフランチェスカは言った。
「フランチェスカは食事中ああいうのを見ると食欲が失せるタイプですか?」
「ギーは食欲増すの?」
「増しはしませんが、普通に食べられます」
「やっぱりそういうのを職業にしようとしていただけあるのか」
フランチェスカはため息をついた。
「ともかく、お互い注意しましょうね」
「そうですね。犯人が少女愛だけとは限らないし」
「怖いからそれ以上言わないで」
フランチェスカにストップをかけられて、ギーは黙る。玄関の扉が閉まる音がした。フランチェスカが出かけたあとに食器を洗い、家の中を掃除した。
ふと、携帯に着信が入ったので出ると、ラミー夫人だった。なんでも今日は学校が明るい時間に全員下校させたらしく、テストが近いから見てくれないか、とのことだった。
仕事用の鞄を小脇に抱えて、フランチェスカからもらった鍵で扉を閉めるとラミー家のほうへと向かった。
「今日は自宅勉強だそうですね」
ルノーはシャーペンを動かしながら、「カロル=コタヴォが死んだからね」と言った。
「朝の事件の子、ルノーの学校の子だったんですか?」
「そうだよ。カロルって写真に出ていないけれども、けっこうぽっちゃりした子なんだ。犯人は案外太った子が好きとか?」
ルノーが何を言おうとしているかわからず、沈黙していると彼はこう言った。
「案外次に死んだりするのは僕だったり」
普段からある、ルノーのネガティブ思考のスタートである。
「犯人はきっと男の子には興味はないですよ」
「それ犯罪心理学的な視点から?」
「なんとなく僕の直感です」
「それ当たるの?」
「外れることもありますが、この直感って大切なんですよ。犯罪心理学なんて裏づけされている情報以外は思いつきみたいなものだし」
ルノーはシャーペンを止めると、ギーを見た。
「じゃあ、僕が殺されたときは、先生にわかるような目印を残しておくよ」
「ルノー……」
自分の声が少しだけ低くなったことに気づいた。今の不謹慎な発言には正直腹が立った。
「ルノーは自分を大切にしてくれている周囲の人を、もっと大切にするべきです」
「みんな心の中では僕を馬鹿にしているよ」
「ルノーのお母さんは随分あなたのことを考えていますよ。あなたがそんなことを言ったら悲しむに決まっています」
「どうだろうな」
「僕も悲しいです」
ルノーが不思議そうに首を傾げる。
「僕のこと、心配してくれるの?」
「当たり前じゃあないですか。大人だったら誰でも心配しますよ。ルノーみたいに将来が有望な子が、悲しい事件に巻き込まれたりしないか」
ルノーは意外そうな顔をして、「先生はやさしいんだね」と言った。
どうだろう、そんなに自分のことをやさしいと思ったことはない。レインマンにも昔やさしいと言われたが、すぐに悲しくなったり神経質になったり、そんなのはやさしいのとは違い、ただ繊細に出来すぎているだけだ。細かいことが許せないということはそれだけ自分のキャパシティが狭いということである。
「ルノーも本当は心のやさしい子だって、知っていますよ」
ギーはそう言った。
「ルノーがそんなことを言うのは、あのニュースにとても傷ついたからでしょう?」
「なんでそう思ったの?」
「これ以上傷つきたくないって顔に出ています」
ルノーは沈黙して、そして呟いた。
「カロルのことが好きだったんだ」
それにすべてが凝縮されている気がした。ギーは教科書を閉じて、ルノーと向き合った。
「今日は、勉強はこれまでにして、お話しませんか? 言いたいことが色々あるでしょう」
それから、ルノーがカロルとどう出会ったのか、どんな話をしたのか、カロルは笑うとどんな雰囲気で、何が好きだったか、ルノーがどれだけカロルのことが気になっていたかという話をずっと聞いた。「アニメの美少女と正反対の子に恋をしたんだよね」と笑って言ったルノーの幸せそうな顔、そしてその後ろに隠された悲しみ、ギーは少しだけ胸が締め付けられるようだった。
「犯人が捕まることを祈っているよ」
ルノーが最後にそう呟く。心からそう思っている言葉だった。
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