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 事件は奇妙な形で一件落着へ急展開を遂げた。それは犯人が遺書を残し、自殺したことによって事件の降幕が告げられるというものだった。
  犯行から三日経たずのうちに犯人が見つかった。世間は安堵したが、ギーの心はざわついた。犯人がオリアーヌの父親だったからだ。
  オリアーヌのことが心配になって彼女の家を訪ねると、当事者が死んでいるため、事件の全貌はゆっくり調べることになったらしい。家宅捜査が入って部屋の中ががらんとなったデュピュイトラン家で、オリアーヌが落胆している姿を見つけた。
「オリアーヌ、大丈夫ですか?」
  ベッドに座って俯いているオリアーヌに声をかける。彼女は首を左右に振った。
「もう私、学校に行けない」
  たしかにこんなことになっては引越しを検討するしかないだろう。もっとも、引っ越した先でも安心とは言えないが。
「先生、実は――」
「ワロキエ先生。ちょっといいですか?」
  オリアーヌが何かを言おうとした瞬間、扉が開いて母親が顔を覗かせた。そういえば、オリアーヌの母親の顔を見るのは初めてである。
「ワロキエ先生、今日までオリアーヌの勉強を見てくれてありがとうございます」
  オリアーヌの母親、ジュゼはギーにそう言った。つまり今日で解雇ということか。
「あの子、先生の授業を受けるのをいつもとても楽しみにしていました。だけどこんなことになって、私もあの子も、知り合いが誰もいないところに引っ越さなければいけないでしょう?」
「いえ、僕のことは構わずどうぞ。僕としてもなんと申し上げればよいのか……適切な言葉が思いつかず申し訳ありません」
「いいんです。ポールがそんなことをしているなんて、何故そんなことをしたかも、まったく私にはわからないので」
  ジュゼは俯き加減にそう言った。
「ともかく、今までお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました。オリアーヌにもよろしく言っておいてください」
  オリアーヌの家をあとにしたのは午後四時を回ったあたりだった。今日はルノーの家庭教師をやる日だ。そのままラミー家のあるレ・アール地区へと足を運んだ。

 その日のルノーは犯人が捕まったというのに、なぜかむっすりした表情だった。
「どうかしたんですか?」
「例の殺人事件で、納得がいかないことがあって」
  アランと同じことを言うのだな、と思って何に納得がいかないのかと聞くと、彼はこう言った。
「みんなさ、ポール=デュピュイトランが犯人だったっていうだけで、オリアーヌ=デュピュイトランまで犯人みたいな扱いをするんだ。『あいつは人殺しの娘』みたいに言って。どう思う?」
「まあ中学校くらいまではその程度の思慮しかないかもしれませんね」
「僕は恥ずかしいよ。近頃の中学生はその程度の判断能力しかないなんて」
「ルノーはカロルが殺されて怒っていたのに、オリアーヌが憎くはないんですか?」
「憎いのはオリアーヌじゃない、ポール=デュピュイトランのほうだ。僕はオリアーヌのことまで嫌いになったわけではない」
  ルノーらしい判断といえばたしかにそうだ。オリアーヌに罪があるわけではないのは確かだし、だからといってクラスメイトが殺人者の娘を非難する気持ちもわからないわけではない。

「納得がいかないんですよね」
  夕飯のときにそう呟くと、フランチェスカが「何が?」と聞き返してきた。
「オリアーヌの父親が犯人だということです。どうもしっくりこないというか」
「ポール=デュピュイトランについてそんなに詳しいの?」
「いいえ」
「じゃあそういうこともありえるじゃあない。人間どんな裏をもっているのかわからないものよ?」
「そうかもしれませんが……」
  たしかに深く知り合ってみないとその人がどんな人かなどわからない。フランチェスカのことだって、まだ深くは知らないくらいだ。
「ギーは誰が犯人だと思うの?」
「さすがにそこまでは警察の資料を見てみないとわからないですね」
「もういいじゃない。次の事件が起きないんだったら、誰が犯人でも」
「そうは思いません」
  ギーはむっすりしたまま呟いた。
「ショコラのお家を燃やした犯人だって捕まっていないし、それ以上犯行があったわけではないけれども、僕は許したわけではない」
  フランチェスカはギーを見て、「そう」と呟くとそこから先は無言で食器を片付けて部屋へ戻っていってしまった。
  どうして自分はこんなに放火の犯人を許せないのだろう。それはきっと自分自身の傷がまだ癒えていないからだ。でもどうすれそれが癒えるかなど、ギーにはわからない。