結成 |
窓から西陽が射しこみ、翳の重なる酒瓶の色硝子がただ深い。 蝶番に手をかけてマルガリーテスが止まり木の宿に入ってきた。後ろから情けなさそうにフランシスとスミスも入ってくる。 「おやぁ、久しぶり。新人ウェイターくん…名前は、ええと……なんだっけか?」 「はぁ。ロバート=フランシスって言います。フランシスとでも、マッスル・エイトとでも好きなように呼んでください」 肩を落としてフランシスが言った。スミスがあたりをきょろきょろと見渡す。 「あれ、ここにもいないや」 「誰を探しているんだい?」 「誰って決まっているじゃないっすか。船長っすよ」 「ああ。宝を探しに行くって言ってから、随分経つね」 フランシスがおずおずと口を開いた。 「やっぱりあれでしょうか? 髑髏団……」 最近街道を騒がせている盗賊団の名前をフランシスが口にした。スミスが牛乳をジョッキで飲みながら聞いた。 「なんすか? その髑髏団って」 「いや、僕も師匠から聞いただけなので詳しくは……」 「あたしが娘の頃に一度派手に活躍してた盗賊団があってね、一度討伐にあったはずなんだがそいつらがまた復活したみたいだね。七年もどこに潜伏してやがったんやら」 マルガリーテスが苦々しく呟く。スミスがフランシスとマルガリーテスを交互に見た。 「あれ、船長帰ってきてなかったっけ? そういや街道へ行ったっきり姿を見ない気もするけど。船長になんかあったんすか?」 「なんかあったんでしょう。そりゃ…」 フランシスがスミスの間抜けな発言にため息をついた。 マルガリーテスは静かにスミスのディープブルーの前髪を掴んだ。まだ力は篭めていなかったが。 「まさかあんた、船長が行方不明なことに気付いてなかったんじゃあないだろうね?」 「き、気付いてましたって! てっきり愛人と遊んでいるとばかり……船長に渡そうと思っていた手紙だけど、まあこの際リタでもいいや」 「う・そ・つ・けっ! あ? 船長に渡すものだって?」 ぐわし、とスミスの頭を掴む手に万力のメーターをぶっちぎるような握力が篭った。スミスが慌てる。 「いやだ、スイカと同じ運命なんていやすぎる! 銀髪の美少女からこれを受け取ったんすよ」 ぐしゃぐしゃになった手紙を渡されて、マルガリーテスはそれを広げると一瞥してからスミスの頭にもう一度力を篭めた。 「こんなもんを今ごろになって出すんじゃないよ! このうすらトンカチ!」 「いだだだだ……今ごろも何も、さっき受け取ったんすよ!」 「ええい、阿呆が! ヴァッフェンロースのワーストワン! 馬鹿、阿呆、木偶の坊、虚け、虚仮!」 あらん限りの罵声を浴びせながら指に力を篭めると刺青とは違う模様が浮かび上がった。スミスが逃げようと必死に抵抗する。 その時だった。扉が勢いよく開くと子供海賊、テンペストが入ってきた。 「ああ! みんなここにいたのかよ」 「おう、テン。聞いてくんな、スミスのやつ脅迫状を何日も放置してたんだよ」 「脅迫状? なになに、何があったんだよ?」 興味津々と手紙を覗き込んだテンペストは青ざめて言った。 「髑髏? 船長が前に言ってたやつか?」 「マルガリさん! スミスの頭絞めすぎると本当に死んじゃいます!」 「おそらくダンテの言っていた財宝ってのは髑髏団の財宝だろうね。って、フランシス! どさくさにまぎれてあたしのことをマルガリとか呼ぶな!」 マルガリーテスはスミスの頭を離してからテンペストに下のほうを見るように言った。 「どうやらダンテの奴、髑髏のやつらに捕まっちまったみたいだね」 「……誘拐されたのか!? あのおっさん。財宝と引き換えに開放するって、あれ、与太話じゃなかったのか!?」 「あるわきゃないだろうが。うちの海賊団に隠された財宝なんかが! あんたたちのお子様ランチとって次の航海の準備すりゃ金なんざなくなっちまうよ。大方ダンテの場しのぎの嘘だろうさ」 「ダンテさんが誘拐されるなんて……」 フランシスが途方にくれたように呟いた。お子様ランチと言われてテンペストも黙ってはいない。 「いつまでも人をガキ扱いすんなよな! おばさんっ! 俺だってちゃんと船くらい操れらいっ!」 「俺も、俺も船くらい操れますよ。リタ!」 「おばさんから見りゃ十歳も二十歳もガキだよ。ガキが、ガキが、ガキがぁ!」 主張してくるスミスとテンペストを十把一絡げにお子様扱いするおばさん。隣りでフランシスが「僕も子供なんでしょうか?」と恐る恐る聞いてきた。と、その時、扉が開いて新たな客が入ってきた。 「おしめがとれて二十年経ってない奴はみんなガキだよ。ジョージ!」 マルガリーテスにジョージと呼ばれてマッスル・セブンがこちらを振り返る。 「おお、海賊一同。丘会議か? エイトまでいっしょにいるし」 「ああー! セブンのおっちゃんだ」 「こらテン、人を指差すなって言ってるだろ」 躾にうるさいスミスがテンペストをたしなめる。 「あのですね、師匠。ダンテ船長が……」 フランシスがマッスル・セブンに言った。 「ん? 料理長の奴がどうかしたのか?」 マルガリーテスは言うかどうか考えて、テンペストが持っていた手紙を顎でしゃくった。 「あれが今になって出てきてね、ダンテの行方がわかったよ」 「船長、捕まったんだぜ。自分の与太話のせいで! なっさけねーのっ!」 テンペストが生意気な口を叩く。マッスル・セブンが首を傾げた。 「捕まったって、沿岸警備隊にか?」 「あの人が沿岸警備隊に捕まると思いますか? 師匠、実は髑髏が……」 「ちょいと昔に髑髏団とかってのがいただろ? あいつらがまた騒がれてんだが、それに捕まっちまったんだよ。言っとくが海の上での船長は最強だよ?」 ふふん、とマルガリーテスがダンテの自慢をした。そんな状況ではなかったが。 テンペストが黄緑色の目をくりくりとさせながらフランシスの服の裾を引っ張った。 「なあなあ、髑髏団って何なんだ? 俺、船長から聞いた話しか知らないんだけど」 「ボクだってしりませんよぉ。船長さんから話を聞いてただけですもの。ししょぉ……」 部下からの助けてコールにマッスル・セブンはマルガリーテスを指差した。 「今からきっとマルガリのお姉さんが説明してくれると思う」 「ジョージ! あたしのことをマルガリと呼ぶとしょうちしないよ。大盗賊団だよ。狙った獲物は皆殺しにしてでも奪うって残虐なね。討伐隊が出たんだが幹部十三名が捕まってなかったんだ。そいつらだよ、きっとね」 マルガリーテスは自分の腕をばしんと叩くと続けた。 「髑髏の奴らは体のどっかに髑髏の刺青がある。それとナンバーを持ってる。特に上位五番ぐらいまでは並の実力以上らしいからね」 テンペストが憮然とした表情で言った。 「そんな奴らが、何で船長を攫うんだよ。船長の与太話間に受けるほど間抜けなのが、大盗賊団だなんて、笑わせらぁ」 「そういう船長だって滅んだと思われた髑髏団の隠された財宝探しに行って捕まったんだろ?大方そこに潜伏していたんだろうさ。ああなんて、なんて、なんて間抜けな! 陸で死にやがったら承知しないよ、ダンテー!」 マルガリーテスの咆哮ともいえる大声が止まり木の宿を揺らした。スミスが神妙な顔をして顎に手をあてがった。 「十三人……皆殺し……気に食わんな。特に髑髏、かぶってる。髑髏は海賊のもんじゃぁあ!」 今度はスミスの大声が止まり木の宿を揺らした。フランシスも頷く。 「そうですよ。髑髏は、海賊のものですよ」 そう言いながら自分のシャツに髑髏のプリントがされていてちょっと青ざめたが、フランシスは知らん振りをした。マルガリーテスがやれやれとため息をついた。 「その髑髏十字の後ろかわが『+』から『×』に向きが変わるだけでどうしてこうも緊張感がなくなるんだろうね」 テンペストが負けじと叫ぶ。 「船長が死ぬもんかよ! 殺したって死なないっていつもいってるじゃねーか。ゴキブリよりしぶといって」 誰がそんなことを言ったかは知らないが、絶対的な信頼だけは得ているようだ。一方信頼を得てないのはフランシスのほうだった。フランシスのシャツにプリントされている髑髏を見てマッスル・セブンが顔色をかえた。 「その髑髏……お前、髑髏団のスパイだな!?」 「……へ? ち、違いますよ。信じてくださいよ師匠」 「まったく、なんでこう海の男はボケボケが多いんだろうね! ああああああ! ……こいつはあたしが行くしかないかね」 「行くってどこにだ? 殴り込みか?」 「何処って決まってるだろうが。船長のところだよ」 マルガリーテスは黒檀の睫を瞬かせて、なかば期待しているテンペストを見た。 「このままじゃあこっちの示しもつかないんでね、船長返してもらうついでに向こうの宝もぶん取って来るさ」 「俺も俺も! 俺も船長迎えに行くぞ! 髑髏団とかいう奴に一泡吹かせてやるんだっ!」 待ってましたとばかりにテンペストが挙手する。スミスもひとりぶつぶつと 「他から分捕る、なんと悪党な。海賊っぽくてぞくぞくするっす」 「マルガ……リタちゃん、俺もついていく。陸の奴らにこの筋肉を見せ付けてやるんだ。な? エイト」 「はい。僕もこのままスパイの濡れ衣を着せられっぱなしじゃあ嫌ですからね」 なんだかどんどんおまけがついてきているようだ。さらにひょっこりとチナまで顔を覗かせた。 「私も船長を迎えに行っていい?」 「げ、チナ」 チナは外で盗み聞きをしていたらしい。テンペストがチナの登場にたじろく。どうやらチナから逃げていたようだ。 「来たい奴はくりゃいいさ。だがね、よく覚えておきな。舞台はあたしたちの世界じゃないってことをね。それでもよければ、陸の髑髏に見せ付けてやりゃあいい。海の髑髏の力をな!」 「俺達七つの海をまたにかける海賊だぜ? 陸に上がったところで陸の奴らに負けるかよ! 船長返してもらって、陸の奴ら、叩き潰してやるんだっっ!」 全員が天上へ向かって拳を奮いあげた。一 致団結したところでフランシスのまっとうな突っ込みが入る。 「さて……で、どうしましょうか?」 マルガリーテスは「ぐっ……」と言葉に詰まったが、そこで掲示板に貼ってあった張り紙に注目した。 「おお! こんなところに傭兵募集の張り紙が。へぇ、金貨十枚だってさ」 「金貨十枚っていうと、シーパラダイス・ビッグ・パフェがひのふのみの……」 「傭兵って、リタが傭兵になるのか?」 チナの質問にマルガリーテスはふふんと笑った。 「まぁこっちの報酬のほうはおまけだよ。髑髏団の財宝を奪ってくるんだからね。ジョージも、シーパラダイス・ビッグ・パフェと言わずパールハーバー・ビッグ・パフェでも頼んじまいなよ」 パフェの勘定を計算しているマッスル・セブンの背中をどん、と叩いてマルガリーテスは言った。 スミスはフランシスの顔をじっと見た。もしあの時、フランシスがヘマを踏まなければこんな楽しいことに参加できなかったのではなかろうかと。 「な、スミス。なんですか?」 「いや……あんとき、お前が馬鹿やってよかったなって」 「はぁ?」 フランシスが顔を歪めた。マルガリーテスは全員に言った。 「あんたたち! 欲しいものは奪う、それが海賊だよ!」 「欲しいものは奪う。はいな!」 元気よくチナが返事をした。 「俺、新しいナイフが欲しいな。すっげーよく切れる奴。髑髏団のやつら、いいナイフ持ってるかな…スミスのくだものナイフはぜんぜんきれねぇし」 「テン、あまり切れないほうがいいぞ。俺もよく切れるダガーを買ったんだが、リタと手合わせしているときに間違えて刃の部分を握ってすごい目にあったんだ」 「そりゃスミス、あんたが悪いよ。ダガーは悪くないさ」 マルガリーテスは一瞬笑って、顔をまた引き締めた。 「陸の髑髏に一泡吹かせてやるよ!」 傭兵の募集は、髑髏団が近日街道近くの大屋敷を襲うという予告状がきたというもので、そこの貴族が自分の命と財産惜しさのために公募したものだった。 外には髑髏団の部下の死体がごろごろと転がっていた。傭兵たちはお互い生きていたことに祝福の言葉を交わし合っている。 |