海賊ヴァッフェンロース号

対決髑髏団

  アジトは街道の鬱蒼とした道をさらに奥に入ったところにあった。切り立った崖を背中に古い岩砦が傭兵たちを向かえる。
  レーラアは白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま歩いていたが、ちらほら見える見慣れた子供たちの影に苦笑した。
「き、緊張してしゃべれねぇ」
  そう言ったのはスミスである。ぎくしゃくと両手両足がいっしょに動いているところからも緊張しているのがうかがえた。
「それにしたって……」
  蹄跡の続くその奥を見透かすようにしつつ一歩二歩と歩む。眉顰めてスミスは言った。
「立地条件が悪い。お客が来ないじゃないか」
  むしろ自分たちは迎えざる客なわけだが。スミスが糸をひくような声をあげてつっこんだ。
「よし、みんなで行くぞ! 俺に続け! 始めのいーっぽ」
  えいや、と両足でジャンプして踏み込んだ。なんでも一番が好きなスミスである。
「スミス、馬鹿な真似はおよし!」
  後ろからレーラアが怒鳴った。スミスが「ひぇ、」と言って振り向いた。
「だってよく言うじゃん。始め良ければ全てよし!」
  終わりはどうした。しかし、始めはよかったがしだいと足ががくがくし始め、それより一歩も先には進めない。
  後ろからきたレーラアがスミスの頭をぽかりと軽く叩いた。
「あんたは無鉄砲すぎるんだよ」
  レーラアは砦の中を見渡した。広いホールの左右に扉がある以外は、とりたてて何もない。他の海賊たちや傭兵もあとから入ってきた。
  と、その時である。音を立てて入ってきた後ろの入り口の扉が閉まった。
「しまった! やっぱり罠か」
  マッスル・セブンが舌打ちをする。ずずん、と音が鳴ると、天井から棘がせりだし、ずんずんと傭兵たちを押しつぶさんと落ちてきた。
「ぎゃあ! なんか画鋲みたいなのがびっしりついてるぞ! これって上から降ってくるものとしては黒板消しの次くらいに悪いぞ!」
  スミスが真っ青な顔をして言った。
  とりあえず傭兵のひとりが左手の扉を開けようとする。が、鍵がかかっていた。
  次々と傭兵が体当たりする間も天井は迫ってくる。スミスも体当たりしながらみんなを誘導した。
「まずレディファースト、その次俺! そして体が一番デカイ奴が最後だ」
  しかし体当たりした瞬間、扉が開いてしまったため、レディファーストとはいかなかった。スミスの上を傭兵やチナたちが踏みつけていく。刹那、天井がズン、と落ちてきた音がした。
「ってぇ。あ……先生やマッスル・セブンたちがいねぇぞ?」
「右の扉に逃げたみたいですね。大丈夫です、先生や師匠の強さはマルガリ……じゃなかった、リタさんの折紙つきですから」
  フランシスが潰れたままのスミスに手を伸ばした。スミスもフランシスに手をのばす、その時である。フランシスの後ろからすごい勢いで迫ってくる何かがあった。
「フランシス! 後ろ、」
「へっ?」
  爆風と共にあたりにいた傭兵ともどもスミスとフランシスは飛ばされた。
「な、なんだってばよ?」
「ぶわぁっはははは! 傭兵の諸君、こんばんわ」
  豪快に笑ったのは大斧を持った男だった。フランシスが指差して叫んだ。
「大斧のバイソンです。怪力ですが頭は弱いって書いてありました!」
「くおら、誰の頭が弱いだと? 俺はたしかに頭は弱いがな……まあいいや、お前ら死ねぇ!」
  斧をぶん、とまた振るうのをなんとか転がるようにしてよけてスミスはオークにぶちあたた。バイソンが叫ぶ。
「バイトの諸君、しっかり働けよー」
「ふぉー」
  間抜けな声と共に棍棒を振り上げてオークたちが返事をする。向こうのほうからチューブトップを着た女と昆を持った男もやってきた。傭兵たちも剣を抜いた。
  マルガリーテスは叫んだ。
「チナ、テンペスト! 無理はするな。スミスとフランシスはそこのオークでも叩いときな」
  傭兵のひとりがチューブトップの女の相手をはじめるのを見ると、いよいよ自分の相手が昆の男だということがわかった。
「あんたは少々骨が折れそうだね」
「骨なら頭蓋骨ごと折ったろうが」
  少々癖のあるしゃべりかたをする男の首筋には逆髑髏の刺青があった。楔を打ったような痕のついた両手で昆を構えた男にマルガリーテスは苦笑する。
「なるほど……その両手の痕でスティグマか。本名じゃあないね?」
「名乗る必要があるがか? 死ぬ相手に」
  そう言うと一足飛びに距離を縮めてきて昆を振り下ろしてきた。反射的に大刀を振り上げてそれを防ぐ。
  力で負けたことなどなかったマルガリーテスだが、この男の力はおそろしく強く、力では負けると判断して胴体めがけて蹴りを入れた。スティグマは蹴りを避けずに昆の切っ先をかえるとすぱん、とマルガリーテスの獲物を握る手を叩いてきた。
  ふたりとも距離をとると、マルガリーテスは大刀を右から左へと持ち直した。右手はしばらく大刀を振り回せない。
  マルガリーテスが攻撃をしかける前にまたしてもスティグマは素早く接近してきて昆を右に薙いだ。反射的にどうせ使えない右手でそれをふせぐと、昆を打ち出したその手目掛けて左手で思いきり振り下ろした。が、今度はマルガリーテスの胴体をスティグマが蹴り飛ばし、大刀はスティグマの手の甲を少し切った程度にとどまった。あきらかに劣勢である。
  スティグマは首をこきこきと鳴らしながら言った。
「お前、今まで自分より強い人間と戦ったことがなかろが?」
  それは図星だったがマルガリーテスは強がることにした。
「盆栽は好きかい? あんたの腕と手をちょんちょんと形よくまとめてやろうってのに」
「できるもんなら、やってみぃ」
  スティグマはじゃらり……と朱色の昆を短いふたつに分けた。その真ん中の鎖目掛けてマルガリーテスは大刀を振り下ろすと、巻き上げて武器を取り上げた。向こうへ飛んでいく昆からヌンチャクに変わったそれは、音を立てて床に落ち、一方マルガリーテスはスティグマの拳を右頬に食らい、後ろへと飛ぶとぷっ、と床に血を吐き捨てた。
「武器だけに頼らないとは見上げた根性じゃあないかい」
「おまんも他の賊と違う、強い女と言われたいか?」
「女に強いも弱いもあるか。大刀の内側に入っちまえばただのひとりの女さ」
「どおりで、うるさいきに」
「女だからね」
  減らず口を叩いた。しかしいつの間にか部屋の端に立っていた、白髪の、古い司祭服に十字架を持った少女を見ると舌打ちをした。
「お前との勝負は延期じゃ。命大切にしとけ」
  そう言うと床に落ちていたヌンチャクを拾って少女を通り過ぎ、部屋の向こうへと消えていった。どうやら他の髑髏団も姿を消したらしく、少女がひとり残っているのみである。
「リター! 剣が、宝刀が折れた!」
  スミスが涙目になりながらリーフから貰った宝刀を見せた。無傷だ。
  フランシスもチナもテンペストも無事である。マルガリーテスは自分の右手をぐーぱーとさせた。これも致命的なダメージというわけでもなさそうだ。
「……冒険者の皆さんだね。こんにちは、あたしクラインってゆーの。……バイソンちゃんとバートラちゃんを、迎えに来たんだけど」
  チューブトップの女はバートラと言うらしい。慇懃にお辞儀をする少女に見覚えがあるのか、スミスが大声を出した。
「あー! 君は何時かのビッグパフェ事件、十字架を背負った美少女」
「知っているのかい? スミス」
「ねぇちゃんも髑髏団なのか?」
  テンペストがクラインに聞いた。クラインはにっこりと笑って上目遣いをした。
「うん、クラインねー、髑髏さんなんだよ。生まれた時からそうなんだよー。ええっとね、バートラちゃんとバイソンちゃん、逃がしてくれたらお礼するの……ダメかなぁ?」
「俺は首領と戦えればそれでいい」
  傭兵のひとりがそう言った。クラインは少し考えるしぐさをして、
「ソドムのところ? んー、ダンテ船長のところへ連れて行くってのどう?」
「ノった」
  スミスが商人特有の揉み手で低姿勢に出た。
「いいの?」
「船長無事なのか!? どこにいるんだ?」
  チナとテンペストも本気にしている。
  マルガリーテスとフランシスは顔を見合わせた。怪しい、と。
「ダンテ船長、いるよ。案内してもいいよ。助けても見ないふりしてあげるね」
  そう言うと、他の質問も受け付けず、先ほど仲間たちの逃げたほうの扉へと手をかけた。長い廊下を歩いていく間、傭兵のひとりが「船長?誰それ」と聞いたが、スミスが「船長は船長っすよ」と意味のない回答をして、他の海賊たちは黙殺した。
  古い扉をくぐると、その部屋の中央に海賊帽をかぶった男がだらりと椅子に座っていた。
「船長!」
  チナが走ってそちらのほうへ行こうとすると床から炎が噴出してきた。クラインが笑う。
「……うふふふっ、せんちょここだよ。でも、その火はちょっと特別なの。一度着いたら、離れないの。これるかな? これるかな?」
  ゆらゆらと燃え上がる炎に傭兵たちがたじろいているが、クラインはダンテの頬を叩いてなおも笑う。
「んー、無理なら無理で良いよ。帰るなら帰るでも。クラインは案内しただけ。このせんちょさんどうするか、決めるのはあなたたちだもん。せんちょさんには、あとでお宝の事教えてもらって、その後さっくり逝ってもらうだけだもんねー」
  その言葉にテンペストが意を決して前へと歩みはじめた。
「テンペスト、危ない!」
  フランシスが叫んだが、不思議と炎はテンペストを焼かなかった。クラインが残念そうに呟く。拍手をしながら。
「あー、すごーい。それ、ニセモノの炎なんだよー。よく気付いたね」
  なんだ、からくりがわかれば他の傭兵や海賊たちも中へと入っていく。クラインはそのまま奥へと進むと、扉を指差して言った。
「ソドムやみんなはこっちにいるよ。鍵はクラインが持ってるけど」
「ふ、ふえぇ……。船長だぁ。やっ、やっと……っひっく」
  テンペストが安堵のためかべそをかきはじめる。しかし、ダンテの様子がおかしかった。
「あ、ぁぁ……俺は、ダンテ……船長……海の男……」
「なんだかダンテ船長、様子がおかしいですね」
「何言ってるんだ? フランシス。ダンテ、船長、海の男……おかしいところなんてひとつもない」
  スミスが大真面目に言った。
  まだ外で警戒している傭兵もいた。
「解せないな。これは何の罠だ? 案内してお前になんのメリットがある?」
「鍵を寄越せ!」
「罠なんかじゃあないもん。ソドムと会ってくんないと、クラインが案内した意味ないもん。このままじゃクライン、フツーの裏切り者じゃん。冒険者さん達に脅されて案内するのー」
  どうやら炎の向こうに全員が行くまではここから先には進めないらしいと踏んで、残りの傭兵たちもこちらへやってきた。
「おいおい、寄越せじゃあないだろ? くださいだろ、プリーズ!」
  的外れなことを言っているのはスミスである。
  ダンテは椅子に簀巻きにされた状態で、言葉は片言、だらりと力なくこうべをたれ下げている。
「だ、誰か手を貸してよっ! このままじゃ船長が死んじゃう! 運ぶのに手を貸してっ!」
  テンペストが悲痛な声を出した。やれやれと傭兵のひとりが手を貸そうとしたその時である。呪文を唱える声がして、炎がぼうっと強く燃え上がった。襲う熱量がその炎を本物と証明している。
「んじゃ、頑張ってね。今度は本物だからー。きっと誰か焼き魚になるよ。楽しみだねっ」
  いつの間にかもといた入り口のほうにクラインは移動しており、炎が燃え上がると同時にダンテの体はただの人形と化した。やはりすべては仕組まれた罠だったのだ。
「クライン、ちゃーんと幻だって言ったよ? あ、カギは此処においとくから。ソドムとクラインいるの、三階ね。右行って左曲がって階段昇って突き当たりをまた昇ったトコ。んじゃー、がんばってね〜」
  そう言うとまた魔法を使ったのか、その姿は一瞬にして消えた。
「誰か、火、水、氷……そうだ、火は酸素がなければ燃えないんだ。みんな酸素を吸え!」
  火の前に誰かの命のともしびが消えてしまいそうなことを言ったのはやはりスミスである。舐めあげるように地を這う炎を見てフランシスがうめいた。
「これは越えるの難しそうですよ。火傷以前に肺がやられます」
  傭兵たちが防壁の呪文や水の呪文を唱えはじめる。と、炎の隙間から奥のほうにスイッチが見え隠れしていた。フランシスが機転を利かせて言った。
「テンペスト、あそこにあるスイッチに独楽を飛ばせる?」
「……独楽?あれに?」
  よく状況がわかっていないようだったが、言われたとおり、紐を独楽に巻くとスイッチの上に着地するような形で投げた。それは放物線を描くようにして着地すると、炎はやがて下火へとなる。
  スミスが勢いよく外へと飛び出していった。
「くうき〜〜! ああ、俺のぴちぴちしたピンクの肺がよみがえる!」
  そして遅れて傭兵の呪文が発動して、全員のあたまからバケツをひっくりかえしたような水が降ってきた。スミスが犬のように体をぶるる、と振るうと爽快そうに言った。
「欲しかったものが一度にふたつとも手にはいるなんてなんてラッキー♪」
  水を被ったまま鍵を取りに行ったテンペストが戻ってきてにかっと笑った。
「これで先に進めるなっ。髑髏の奴ら倒して、船長、助けないと!」
  扉の近くにもう使えそうもない独楽が落ちていたが、これが自分たちを助けてくれたと思い、それもテンペストは拾った。

 扉を明けるとそこからはまた長い廊下があって、それが終ると長い階段が連なっていた。
「グリコとかできそうだ」
「グリコ? なにそれ」
  チナがスミスに聞いた。スミスはめずらしく自分の知っている知識をひけらかすチャンスとばかりに鼻の穴を膨らました。
「なんだよ? 最近の子供はグリコも知らんのか。お前、その調子だとわらび餅とかも知らねぇだろ?」
「わらび餅ってわらびから作るのか?」
「ふふーん、違うんだな。きんたろ飴とか知っているか?」
  そんなスミスの自慢話は延々と続いた。
  長い、砦最上階へと続く階段の明り取りの窓からは、街道の隊商の灯りが見えていた。