海賊ヴァッフェンロース号

脱出

 三階では既に激しい攻防が行われていた。
  先ほどのバートラやバイソンの他にも、髑髏の刺青の入った髑髏団の面々が戦っている。
  マルガリーテスはレーラアとマッスル・セブンの姿を確認すると一瞬だけほっとした。どうやらまだ生きているようだ。辺りを見渡すが、ダンテの姿はない。
「ここにはダンテはいないようだね……」
  だったらどこにいるのだろう。近づいてきた髑髏団の兵の首を跳ね飛ばすと、マルガリーテスは入念にあたりを見た。すると、呪文の詠唱と共に砦が崩れはじめる。大男とクラインが隠し通路から下へ下りて行くのが見えた。
「リタ、逃がすんじゃあないよ! ここは私たちに任せなさい」
「おうよリタちゃん、俺の筋肉はまだまだ健在だぜ」
「あんたたち、生きて帰ってくるんだよ!」
  マッスル・セブンとレーラアに怒鳴るように言うと、マルガリーテスたちは隠し通路を滑り降りた。

◆◇◆◇
  地下には水路があり、その近くで簀巻きになった海賊帽の男、ダンテは寝ていた。
  ダンテの見張りをしていた髑髏団は簀巻き状態のダンテを舟に放り投げるとスティグマの声に顔をあげる。
「なんか言ったかい?」
  あまり上下関係を気にしていなさそうな男に蜂蜜色の髪の女、フレイアが頬笑みかけた。
「ジェスキンス、ご苦労だったね。……それにしてもよく寝てる、薬が良く効いてるね」
「……いや。呑気に寝ゆう」
  その呑気に寝ていたダンテは突然の衝撃で目を覚まして、ここはどこだとばかりに辺りを見渡した。その顔は痣だらけで、目の下にはあれだけ寝ていたというのにクマがある。
「おお、酷い顔やの。おはようさん」
「……。薬? 何だ、ネエサン。オレに飲ましたのは、ありゃ薬かい。どうりで美味いと思ったよ。おお、おはよう。あんたも」
  一本折れた歯を覗かせてダンテは簀巻き状態のまま笑った。
「ったく……こんな時によく寝てられるな、てめぇはよ」
  ジェスキンスは悪態をつきながら、ソケットにしまってあったナイフをもてあそびはじめる。フレイアもため息をついた。
「ふん。悠長なこった。船長さん、余分なことは喋らずに必要なことだけ吐いてりゃ、薬なんか使わなくて良かったんだよ」
「おめぇらが眠らしてくれねぇから、眠たくって堪らんよ、オレは。……水路? 俺は今からどこへ連れていかれるんだ?」
  その時、がこんと音がして隠し通路の扉が開いた。
「おいでなすったよ」
  いささか緊張した声でフレイアが言った。クラインを抱えて入ってきた大男、ソドムは側らのクラインを見た。その表情は青白く、唇から血が流れている。大きな術を使いすぎた反動だろう。
「生きろよ」
  それはクラインに向けられたものか、それとも地下に残された髑髏団の面々に言われたものか、それとも砦に残してきた髑髏団に言われたものか……わからなかった。
  暗い道を滑るようにして走る駆け足の音、ひとつふたつ……それが複数重なって聞こえてくる。
「さて、本番の始まりだぁな」
  ジェスキンスが嬉しそうに髑髏つきのナイフを構えて首をこきこきと鳴らした。フレイアが舟を指差す。
「首領、こっちだ! !? クライン! 早く!」
「あ? あ? 何が起きているんだよ?」
  今だ状況を把握していないダンテが簀巻き状態のままジタバタとした。その舟へと髑髏団が次々と乗り込んでくる。ごうごうと凄まじい音を立てて流れる地下水路、もやい綱で辛うじて繋がれた舟が上下に揺れる。
「道の補正がされてないね。安文鎮な建て方すんじゃあないよ」
  ざざざ、と滑ってきた最後に先に出ていたほうの足を微妙に捻ってブレーキをかける。スピード落としてから身を低くしてマルガリーテスが地下水路へと姿を現した。続いて他の海賊、傭兵たちも姿を現す。
  フレイアが叫んだ。
「スティグマ! 奴らが追いつかないうちに、船を出せ!」
「お仲間が来よったぜ。雁首揃えて」
  スティグマは足首からニードルを抜くとそれを舟を繋ぎとめていた綱にぐっと押し当てた。
「まただ。貴様等……」
  ソドムが静かにマルガリーテスを見ると言った。
「一途なものでね、想い人ををどこまでも追っかけちまうのさ」
  マルガリーテスはへっと笑って答える。
  ジェスキンスは舟に乗らずに岸辺でナイフを持ったまま片足をとんとんと鳴らしている。
「早く出てくれねぇか? 俺にも見せ場ってもんを作らせてくれや」
  ジタバタと暴れるダンテにはフレイアが蹴りを入れた。
「うごっ! お、その声はマルガリーテス? お、おい! オレは……!」
「ダンテ、よっしゃ今度は本物のようだね。この前みたいな木偶の坊だったらどうしようかと思ったが元気そうじゃないか」
  しかし様態はそれとは別のようで、早くレーラアに診せたほうがよさそうだった。その時、ソドムがダンテに猿轡をはめた。
「うるさい。黙ってろ」
  ごうっ、と水路の流れが急になった。まるで目を覚ました、クラインに呼応するかのように。マルガリーテスははっとしてテンペストに言った。
「テン、そのロープ切らせるんじゃあないよ!」
  テンペストが舟のほうへと走ろうとしたところ、ジェスキンスが間に入った。テンペストの言っていたよく切れそうなナイフを構えて笑う。
「誰も行かせねぇよ」
  その時、ロープが切れた。
「あばよ」
  フレイアが言葉みじかにそう言うと、舟は急流に乗って流れはじめた。クラインがごほっと咳込む。
「……髑髏の解放……ママに教えてもらった秘密の呪文。ちょっと……苦しい」
「船長っ! おっちゃんっ! 何やってるんだよっっ!!」
  猿轡をはめられてもまだ自己主張しようとするダンテが舟に乗ったまま離れていくのを見ながらテンペストが叫んだ。自分の目の前にはジェスキンス、睨みつけるように対峙していると、そこに傭兵の女とスミスが入ってきた。
「テン、リタ……先に行きな。ここは、俺が食い止める」
「スミスさん、あなたそんな実力ないでしょう!」
「うるせぇフランシス、お前も行け! こちとら二対1なんだ、負けられるかよ」
「……あいつ一人に、海賊の相手させる言うがか。首領」
  舟に揺られながらスティグマがソドムに言った。
「仕方があるまい。後で仲間が駆けつけるさ。そこで堪えてろ!」
「血も涙もない奴だねぇ、あんたのところの首領は」
  傭兵の女は剣を構えると言った。
「ナイフ使い、あんたの相手はこっちだよ」
「リタ、早く!」
  先に他の繋いであった舟に乗り込んだテンペストが大声を出す。舟は二艘あって、もう一方にはフランシスとチナたちが乗り込んだ。
  マルガリーテスはテンペストと視線を合わせると、こくんと頷いた。
「出航!」
  ぶん、と振った大刀がふたつの舟のロープを切って、急流へと乗り出した。
  それを見送ってからスミスも曲刀を構える。
「こ、怖くなんてないぞ。俺の華麗な剣さばき、見よー!」
  隙きだらけで突っ込んで行くスミスをジェスキンスは足で蹴飛ばした。
  ザバーンという音と共にスミスも急流の流れの中へと落ち、残ったのは傭兵の女とジェスキンスだけだった。

◆◇◆◇
  舟が傭兵たちと距離を離したところで、スティグマがソドムへと向き直った。
「……さて、首領。そろそろ、花を咲かせる時間やぜ」
「お花?」
  フレイアが眉根を顰めるとスティグマに聞き返した。ソドムの腕の中でクラインが何もかも、知っていたように笑った。
「お花。赤いお花。もうすぐ咲くの。髑髏の上に咲くの。綺麗に……咲くといいな」
「どういう意味だ? 裏切り者、スティグマ。オヤジとそっくりだな……生き様まで」
「嬢が、望んじゅうきの。でかく咲かせてやるぜよ、人殺しのソドム坊。どうやら、おまんも親父そっくりやぜ。自分だけが正しいと思いこんじゅうろ……幸せなガキじゃ」
  両手に朱色の昆を構えて睨んだ暗いダークブルーの瞳には後悔も迷いもなかった。スティグマとソドムの言葉を聞いてフレイアが呟く。
「髑髏の上に、咲く花。……この砦のある場所を教えたの、あんただったのか」
  ソドムの裏切り者という言葉にフレイアがぎりっと歯を食いしめる。ソドムはクラインを離すと舟の上で立ち上がった。
「赤い花か……。どうせ、お前もオヤジと同じ運命をたどるんだからな!」
  と、その時……舟が大きく傾き、大男のソドムは体勢を崩す。傾ぐ船体の中、昆を支えに体勢を保つと此方側に傾いてきたソドムの襟首掴むと引き寄せ、間近でスティグマは言った。
「望むところじゃ、阿呆が」
  低く吐き捨てるように言うと、その頬骨を砕くように拳で殴りつけた。その手の甲に、ニードルで突き刺したような楔の傷痕。

◆◇◆◇
「あのふたりは仲間割れかい?」
  舟の舵を切りながらマルガリーテスが呟いた。まだまだ距離は離れている。何を言っているかは聞き取れなかったが、スティグマがソドムの頬を殴ったあと、ソドムがスティグマに頭突きしているのが見える。
  バシャァン、と水が跳ねて、舟が揺らいだ。
「ぐっ……。海も川も水ってのはオテンバだね」
  海の上よりも頼りない舵を切りながらマルガリーテスはなんとか先を行く船に追いつこうとした。

◆◇◆◇
  がん、と脳髄を震わす衝撃。スティグマはぐらと後ろに揺らぎ、歯を食いしばって意識を繋ぎ止めながらソドムの鳩尾に拳を繰り出した。一度深く、それに続けて何度も何度も。
  ソドムも肩に担いだ大剣の柄をスティグマの頭に振り下ろす! 顎は完全に砕けているようで、血が止めど無く流れている。
  ダンテはこのふたりは何をやっているんだ? と頭を捻る。だんだんとマルガリーテスたちの舟が近づいてくる。

◆◇◆◇
「ほら、近づいてきたよ、出撃準備。テンペスト、縄はちゃんと持ってるね?」
「おう。いつでもいいぞ!」
  かけられた声に傭兵の腕につかまれたまましゃがみ、ロープを構える。今度は落ちないように先に錘代わりに小さな独楽をくくりつけてテンペストが元気に返事をした。

「仲間割れしている場合かい!? 奴らが追いついてくる。クライン! アンタもなんか云ってよ!」
  フレイアの悲痛な叫びは飛沫の中へと消えた。
  瞬間、骨の砕ける音がする。ソドムの重い剣の刃は、硬い筋張った腕を斬って骨にぶつかり、スティグマは痛みに顔を歪め、右足で何度も殴った男の腹を蹴り上げる。
  ボウゥ……とクラインの持っていた十字架についた赤い珠が光を帯びた。
「……華が、咲いた。髑髏に捧げる花が咲いた。……じゃあ、このオジサン落としちゃおうよ。そうしたら海賊さん達も追って来れないよ。でしょ?」
  ダンテのほうを見てクラインはにっこりと笑った。纏う空気以外はいつもと同じ様子で。ダンテはクラインの言葉に驚愕すると、舟の角のほう、角のほうへと簀巻き姿のまま移動をはじめた。

◆◇◆◇
「おっしゃ、ロープの用意。タイミング見計らって乗り移るよ! 後ろ……チナ、フランシス! そっちは無事かい?」
「う、うん!」
「無事ですよー、リタさん」
  後方の舟はチナが舵をとっている。ロープを構えてテンペストが前方の舟を見ながら言った。
「……? 何やってるんだ、あいつら。リタ、もうちょっと近づけるか?」
「ちょっと待ちな」
  腕がいいのか、どんどんとその差を縮める舟に容赦なく水しぶきが襲ってきた。突如流れを変えて、距離の離れかける舟。大きく揺さぶられてかくんと肩を落とし、それでもマルガリーテスは踏ん張りぐっと腕に力篭める。
「シェリー、こっちの舵、押さえるの手伝ってくんな!」
  近くにいた傭兵の名を呼んで応援を頼む。

◆◇◆◇
  腹部に受けた衝撃……アバラを砕いた一撃で、ソドムはすっと、スティグマから手が離れ、舟に身を伏した。
「首領!」
  フレイアが叫ぶ。倒れ伏したソドムに息を荒げながらスティグマは言った。
「なんで……なんで俺んくの親父殺しよった……それもよりによって、何でおまんが殺しよったがや! なんでおまんの親父がとどめ刺さんかったがや! 試し斬りみたいに魂取られて、親父は……俺……死んでも死にきらん」
「赤い花が咲いた。髑髏に捧げる赤い花が沢山咲いた。でも咲いただけ」
  倒れ伏す肉親、嘆く男、戸惑う女を尻目にクラインは静かにダンテへ近づき、その海賊帽を手に取ると、水路へと落とした。
「……逃げたいでしょう?」

◆◇◆◇
  ぐぐっと舵が言うこと聞いてくれたのを見て、マルガリーテスの笑みは一層深くなる。隣の傭兵の少年へにやと笑い、
「なかなか筋がいいじゃないかい。兄さん……テン! 是が非でも舟を捕らえろ」
  その合図に投げる紐。先端に錘をくくりつけたのが良かったか、狙ったように舟の柱の一本へと進み……ふたつの舟は繋がり、舟が揺れた。

◆◇◆◇
「それが、髑髏の掟。なら、殺せ……俺を殺して、お前も死ね」
  スティグマを見つめ、大剣を杖代わりにソドムは立ち上がった。その時、舟が繋がり、大きく揺れた。
  体勢を崩した男から杖代わりの大剣を取り上げるとスティグマは言った。
「言われんでもわかっちゅう。花を、咲かしちゃるぜよ、ソドム」
「駄目!」
  ソドムの喉元へと突きつけようとした剣は、ふたりの間に割り込んだフレイアの胸へと刺さった。
「ククッ。俺はつくづく親父似だったな。ば、馬鹿!」
「阿呆」
  体勢を崩したまま、その上に重なるように倒れてきたフレイアにソドムが動揺の声をもらす。スティグマは一言「阿呆」と言ったが、迷うことなく剣を刺し込んだ。
  唇から血を流しながらフレイアはソドムへと言った。
「ア、ンタは……しんじゃ、だ……め」
  そんな様子を放置したまま、クラインはダンテを捕まえた。そのまま激流の中へ落とすと手を振る。
「いい旅を……」

◆◇◆◇
「ん? なんか落ちたな……」
  目のいいシェリーが口にした言葉にマルガリーテスとテンペストはその落下物に驚愕する。
「「船長!!」」
「船長!?」
  後ろからチナも驚きの声をもらした。慌てて舵を船長のほうへと切り、そちらへと向かう。
  マルガリーテスは迷うことなく水の中へと飛び込もうとしたが、がくんと大きくゆれる舟に膝をつき、こうべを持ち上げたときにはすでに遠くに下がったその船長を眺めてどんどんと冷静に戻っていく。
「……あたしたちがやるのはこっちの始末、かね」

◆◇◆◇
「馬鹿な……」
  僅かに震える手で、フレイアの頬に触れながらソドムは呟いた。フレイアは肩で息をしながらスティグマに言う。
「スティ、グ……マ……首領を、殺して、も……親父さ……んは……もどら……ない、よ……」
「最後の一言ぐらいは、惚れた男に向けるもんやぜ……フレイア」
  スティグマにそう言われて、フレイアはもう霞んで見えない瞳でソドムのほうを向くと、「ごめん、ソドム」と呟いた。
「謝るな。あんな風に……なりたかったか? 愛するものを追いたかったか……?」
  後ろを追ってくる2艘の舟を見て、ソドムはフレイアに聞いた。返事は返ってこなかった。
  クラインは動かなくなった女と問いかける男へと近づき、首を捻った。
「……ステイグマちゃんは、どうしたいの?」
  フレイアの胸から大剣を引き抜くと、クラインの質問には答えずスティグマは呟いた。
「遺言なんぞ 吐けんと死んで行くもんもおるがやぜ」

◆◇◆◇
「おわっぷ!」
  いつの間にか猿轡と簀巻きを外して、バタバタともがくダンテを猫耳の傭兵とフランシスが水路に飛び込み助けに行く。
  急流の中でダンテを掴むと、チナの扱ぐ舟へと乗りつけてフランシスは叫んだ。
「はぁ、はぁ……師匠、僕やりました!」
  一方、ギリギリと張られた、糸のようになったロープは弾け、その力は互いの舟の向きを制御不能なほど大きく変えた。
「おわっ、くそっ切りやがった!」
  十字架でロープを切ったクラインがひらひらと手を振るのが見えた。
「まだまだ!」
  マルガリーテスが転がるようにしながら腰に巻いていたサロンを素早く水で濡らし、舟の柱へと巻きつけんと投げつけた。

「ソドムがフレイアちゃんと生きたいなら、あたしはソドムの姉として、ステイグマちゃんを止めないといけないの。……生きたいか、死にたいか。彼女と一緒に。今決めなさい、ソドム」
  歳をとらない少女は、ソドムの妹と思われていたが姉だったようだ。
  スティグマはそんなクラインの言葉は聞いていないのか、怨念の言葉を吐き捨てるとそのままずぶりと剣を突き刺した。女と男、それを貫き剣は舟まで刺さった。
「一緒に逝くさ。髑髏の掟は一蓮托生。……だろ?」
  クラインの質問にはそう答え、ソドムはフレイアの手へと自分の手を重ね、そのまま静かに目を閉じた。

◆◇◆◇
  バチィッ。横向きになった舟、右の岸壁がマルガリーテスたちの乗る船尾を叩く。舟は大きく跳ね、結ばれたサロンはマルガリーテスの手を凄まじい力で引いた。
  必死に投げたそれが結ばれた刹那、華が咲く舟の上……時間はとまった。眼をひとつ瞬く間もなく訪れる衝撃に肩を強打して、腕は引き千切られそうに強く。
「テン! 舵とって、シェリー。引き寄せるの手伝って!」
  マルガリーテスがそう叫んだと同時に左の壁岩に叩きつけられる髑髏の舟……サロンの結ばれた船尾は脆くも砕け、破片が傭兵たちを襲った。
「うわっ!」
  舵を切った自分の腕を木片が掠めていき、テンペストは息を飲んだ。
  髑髏団の舟は、粉々に砕け散り、四人の体は一瞬浮いて、水の中へと呑まれた。
  クラインは双子の弟として生まれたソドムと、主治医として歪んだ自分に最後まで付き合ってくれたフレイアが剣で結ばれたまま沈むのを満足そうに見ると、そのまま岩に頭をぶつけ、血まみれになりながら沈んでいった。スティグマもその姿を水の中へとくらます。
  ごうごうと、傭兵達を乗せた舟は洞窟を滑る。同じようにその脇を流れる木切れが何かを語るように流れていった。やがて流れはゆっくりとなっていき、水路の幅が広くなったと思ったら、夜空が見えた。

「ダンテー!自慢の帽子は流されちまったかね。大丈夫かい?」
  そこで水を吐いて死の淵から復活したダンテがあたりを見渡す。
「……ていうか、此処はどこだ? っと……ん? なんでみんな居るんだ? リタ、チナ、テンペスト?」
「ホリドールの近くだ」
  空の上を聞き覚えのある声がする。
  ギルバートが龍の姿でマッスル・セブンや傭兵たちを乗せて現われた。
「ギル、あんたこんなところまで見物に来たのかい?」
「古い友人が髑髏団に入ったと風の噂で聞いてな。会えなかったが……砦が壊れる前にこいつらを乗せてきた」
  レーラアが腕を包帯で縛りながら龍の背中から降りてくる。マッスル・セブンは腕に誰か小さな、チナくらいの少女を抱いていた。
「誰だ? そいつ」
  テンペストが不躾に聞いた。その太ももに髑髏の刺青があることに気づくと警戒して叫んだ。
「こいつ、髑髏の残党だ!」
「レウって女に頼まれたのさ。この子はまだ幼いからって。あの女に一番懐いてたみたいだからね。アイリーンって言うらしいよ」
  レーラアがマッスル・セブンの代わりに説明した。
「それにしても、レーラアが怪我をするなんて……髑髏ってのは強かったんだろうね?」
「強い強い。あのレウって女だけでもかなり強かったよ、リタに似てたような気もするしね。なあ、セブン?」
「リタちゃんの血の気の多さをそのまま映したような女だった。あのバイソンとかいう男も強かった。最期に『生まれ変わったら、今度は頭良くなりたい』とか言っていたな。筋肉があればすべてを征することができるのに」
  片腕で気絶したアイリーンを抱いたまま、マッスル・セブンは力瘤をつくってみせた。

 やっと陸地について、空の下で爽快そうに伸びをしてダンテは無い帽子を上げるような仕草をして言った。
「ん〜、俺は……無敵だ」
「おう。無敵だ……ね。現にこうやって帰ってきたんだし。おかえり、船長」
  へらっと笑ってから同じく帽子あげる仕草してマルガリーテスが笑う。テンペストとチナも口々に「おかえり、船長」と言った。
  ダンテはふぅっとため息をつくと、頬をぽりぽりと掻いた。
「ただいま。今回は俺のせいで迷惑掛けちまったみたいだねぇ。……スマン」
  恥ずかしそうに顔を伏せるダンテをマルガリーテスがカッカッカと笑い飛ばす。
「んだよ、まったく……あんたが迷惑かけると喜ぶやつがたくさん集まってるだろ? あんたの船にゃ」
  そう言って片目を瞑ってみせた。
「お前だろ? それは」
  ダンテは意地悪そうにマルガリーテスに返すと、ふとゆるやかな流れに乗って……浮上してきたものに気づいた。
  紅いバンダナ姿がコン、と舟にぶつかって、また跳ね返る。
「紅いクラゲかい?」
  自分の舟にぶつかってきたそれにマルガリーテスが眉根を寄せる。シェリーがざぶざぶと水の中に入っていくと、その物体をつまみ上げた。
  ぷらーん。猫のようにつまみ上げられたのはスミスだった。チナが銀色のバトンで突付くが、反応はない。
  マルガリーテスは近くにあったオールをダンテに無言で渡した。ダンテはにやにやしながらスミスに近づいていく。
「おい! てめぇ! 起きないとひどいぞ、なあ?」
  一本折れた歯を覗かせてみんなに同意を求める。
「どうぞ。船長の御心のままに」
  オールを渡した女は無責任にそう言い放った。テンペストは面白い見世物かのように、
「いいぞ! 船長、がんばれ〜」
  とはやしたてるし、チナは地面をトントンと片足で蹴りながら見守る。フランシスは止めようか止めまいか迷ったが、結局止めなかった。
「おい、スミス!」
  ダンテはスミスに顔を近づけると、その頬をオールでペチ! と叩いた。
「お前もありがとうな!」
「げふぁっ。ああ……俺ったらかなり水飲んで、ここで死ぬんだ。心臓マッサージ身体に悪い、人工呼吸プリーズ」
  オールで叩かれて、水を吐き出すとかなりスムーズにしゃべりはじめるスミス。こちらも元気なようだ。
  ダンテは提督服のポケットに手を突っ込むとぶっきらぼうに言った。
「さぁて、みんな揃ったことだし……飯でも食いに行くか。俺の、奢りだ」
「船長、ディランとクローセルは船でお留守番しているぞ?」
  チナがダンテに言う。
「ディランとクローセルには内緒だ。なぁに、奴らもよろしくやっているだろうよ。船に男と女がふたりきり、やることはひとつだ。なぁ?」
「子供の前で下世話なこと言ってるんじゃあないよ! 船長」
  レーラアがダンテの体をバン、と叩く。長い疲労が蓄積した体が痛んでダンテが体を丸めた。丸めた体、提督服から取り出したのは……ひとつの大きな宝石。
「たらふく食べよう、みんなでな」
「わーい。船長太っ腹〜。俺、もう腹へって死にそう〜」
  テンペストがぱたぱたとダンテに近づいてしがみついた。スミスもシェリーの手を離れて、ダンテの提督服で鼻をかむ。
「ああ、この汗臭いにおいは……船長だ。おかえり、船長」
「うんっ。みんなで、行こう。行こう」
  チナもダンテに駆け寄る。その後ろをマルガリーテスやレーラア、フランシスやマッスル・セブンが歩いてついていく。
「さて……帰るよ。あたしたちの船に」