09
目が覚めたら隣にシャルロッテがいて、外は雪が降っていなかった。
ああ、南に遊びに来ていたんだ。そんなことを考えた。いきなり気が抜けて、隣に寝ているシャルロッテの顔を覗き込んだ。可愛いなあ……と思ったあとに、ふと気づく。
「……そういや」
なんでいっしょに寝ているんだ?
「おい、ヴィリー」
思わず弟の名を呼んだ。あいつならこうなった状況について知っているかもしれないと思って。だけど返事はない。
あどけない顔で寝ているシャルロッテを起さずにベッドから出ようとした。そのとき、扉が開く。
「…………」
シャルロッテの兄がこちらを見て沈黙した。
「てめぇ! 妹に何しやがった」
「なんもしてねぇ!」
俺は必死だ。シャルロッテがここにいる理由がわからない。
「お前ら北の奴らはバカンスと称して妹を食うのか! このケダモノ! 狩猟民族!」
「関係ねぇよ。というかヴィリーはどうした!?」
「てめぇの弟なんて知るか。シャルロッテに何しやがった」
「ぶー……兄ちゃん、声大きいよ」
シャルロッテが目をこすりながら起き上がる。
「おはよう、兄ちゃん」
そう言ってディートハルトにキスすると、振り返ってこちらの頬にもふたつキスをした。
「お昼だね、パスタつくろうか」
そう言って何事もなかったかのように、シャルロッテは出て行く。残されて沈黙する俺たち。
「……何があったんだ?」
胡乱な目で見てくるディートハルト。俺が知りたい。
たぶん間違えてベッドに入ったか、寒かったかのどちらかだろうと考え、あまり追求することなくキッチンに下りた。
ジーゲル家は金持ちといっても貴族ではない。自らキッチンに立って料理を作っているシャルロッテを隣から覗き込む。
「ルー、今日のお昼はカルボナーラ。好き?」
「好き」
お前のことも好きだけど。シャルロッテはにっこり笑う。
「よかったー。嫌いだったらどうしようかと思って」
「なあ、シャルロッテちゃん、昨日……」
「昨日?」
昨日、何があったんだ? と聞こうとして、首筋に青い痣があることに沈黙する。
「その首の痣……」
言いかけた瞬間、シャルロッテがディートハルトに声をかけた。
「あ、にいちゃーん! 粉チーズ切れかけてるんだ。買ってきてくれる?」
人払いか? その間、俺はディートハルトが去るのを待って、シャルロッテの隣で静かにしていた。やがて邪魔者がいなくなる。
「その首の痣、どうしたんだ?」
聞くとシャルロッテは顔を赤面させて、「壁の角に首ぶつけて」と言った。そんな器用な奴、どこにいる。
「もしかして、昨日俺はお前に何かしたのか?」
はぐらかされるのが嫌で、直球で質問した。シャルロッテは沈黙して、うつむくと、そのままぎゅっと俺に抱きついてきた。
「ルーは何も悪くないよ。だけどこれについては聞かないで」
俺はいよいよわけがわからなかった。
ヴィリーがいない、そしてベッドにもぐりこんでいたシャルロッテ。
わからないまま昼食をとり、そして俺はディートハルトに声をかける。
「シャルロッテちゃんはどうしたんだ?」
「知るかよ。自分の弟のこと心配したらどうだ?」
俺が弟を心配する以前に、自分の妹を心配しろよ、ディートハルト。
「ヴィリーのやつ、なんかがっかりしたようだったぞ」
ディートハルトがそう呟いた。
「ヴィリーが?」
「ああ。だから昼はいっしょじゃあなかっただろ?」
そのとき浮かんだことは、ヴィリーがシャルロッテに何かしたんじゃあないかということだった。
ヴィリーを探そう。そう思って外に飛び出した。
冬なのに雪が少しも積もっていないのが不思議だったが、昨日来た道を逆走して海の見える港まで出た。
ヴィリーは桟橋の上でぼんやりと遠くを見ていた。俺はその後ろからゆっくりと近づく。
「ヴィリー」
俺の声に、ヴィリーが振り向いた。
「直球で聞くぜ? シャルロッテちゃんに何をした」
元気のない声でヴィリーは
「兄さんには関係ない」
と言った。
「関係あるから聞いてるんだよ。なんかあったんだろ?」
「別に。ただ、拒まれただけだ」
拒まれた? 首を少し捻る。
「シャルロッテちゃんを襲ったわけ? 実家で? そりゃなしだろ」
「違う。ちょっと口論になっただけだよ」
それからヴィリーは昨日あった出来事を簡潔に俺に伝えた。
シャルロッテが俺のことを夢中になってディートハルトに語っていたらしい。
ディートハルトはもちろん俺のことが気に入らない。そしてヴィリーも俺とシャルロッテがくっつくのは面白くない。
ヴィリーはシャルロッテのことを考えて俺と引き離そうとした。そうして口論しているうちに、ふとした拍子でどついてしまい、よろけたシャルロッテが壁かけにぶつかったんだとさ。それ以来顔が合せられないそうだ。
あれはキスマークでもなんでもなかったわけか。なんとなく安心するような、安心しちゃいけないような。
「お前はシャルロッテに謝れよ? 悪いことしたんだし」
ヴィリーも悪いことをしたという自覚があるらしく、こくりと頷いた。
まあ謝るタイミングはあいつに任せるとして、俺はとりあえずシャルロッテの元へ行った。
「ヴィリーから話は聞いたよ」
キッチンで食器を洗っていたシャルロッテは少し困ったような顔をして、口を開く。
「ヴィリーは悪くないよ。ルーも悪くない」
「そう、誰も悪くない。怖がらせちまったな、大丈夫だったか?」
シャルロッテを抱き寄せると、首筋の痣を俺は撫でた。
「痛むのか?」
「ちょっとだけ……」
少し眉を寄せて笑うシャルロッテのその痣に、俺は軽く口付ける。
「痛みが早くひきますように」
赤面したシャルロッテの頭を軽く撫でて、俺は頬笑んだ。
「俺のために弟とシャルロッテちゃんが言い争ったなんて素晴らしいと思わないか? ディートハルト」
「あーはいはい、そういうことにしておくよ」
庭でトマトを採ったり、ハーブを摘んだりしていたディートハルトは俺にてきとうに応じている。
「お前は恋人とうまくいってるのか? いるんだろ、恋人」
「お前らんとこの兄弟ほどドロドロじゃねぇよ。なんだよ、ふたりして人の妹を取り合いっこしやがって」
はあ、とディートハルトはため息をついた。
「シャルって馬鹿だからさ、好きだと思ったら全力なんだよ。俺が止めても聞かないわけだ」
ディートハルトはハーブをいれたバスケットを持って振り返る。
「妹を泣かせたら承知しないからな」
「何言ってるんだよ。そんなことするわけないだろ? みんな幸せになる方法を考えるさ」
俺がにやりと笑うと、ディートハルトは馬鹿馬鹿しいといわんばかりの顔をした。
「お前は全部欲しがって、全部失うタイプの男だろう。みんなで幸せになんて無理だよ」
そう言って部屋の中に戻っていった。 |