08/17

 篠宮さんの髪が長いのは切りに行くお金がないから、篠宮さんのソックスが白なのは5足1000円で一番安いから、篠宮さんの髪がごわついているのはシャンプーがなくて石鹸で洗っているから、篠宮さんの服がよれよれなのはクリーニングに出したことがないから。
  すべての合点がいったけれどもそれでどうなるというのだろうか。
  篠宮さんは国語が大の苦手だけれどもそれは国語音痴だからじゃあないのがわかった、彼女は国語が得意すぎて多岐にわたる答えを持ちすぎて迷っているんだ。何が正しいことなのかが分からなくなっていて、何が当たり前なのかが分からなくなっている。
  篠宮さんの陰惨な目はいつも答えを探すように彷徨っている。
「篠宮さん、お腹空いたからお弁当ふたつ買ってきてくれない?」
「はあ? 私お弁当自分で作ってきたよ、塩にぎりをさ」
「いいからふたつ買ってきてよ。お腹が空いてないんだったらお弁当を持ち帰ればいい」
  僕は彼女に2000円握らせて篠宮さんに弁当を買いに行かせた。
  篠宮さんが好きな弁当を食べれる環境くらい夏休みの仕事している間くらいは作ってあげる。だけど僕だって金持ちな家庭に生まれたわけではないし、仮に生まれていたとしてもまだ子供だから自分でお金を稼げるわけではない。
  篠宮さん、僕は今の今まで自分のおそれるものなど何もないと思っていました。だけど今は篠宮さんが飢えで死ぬ未来が怖いです。篠宮さんの存在をゆるさない未来というものが憎いです。
  僕が大人で自分でお金を稼げるのだとしたら、君ひとりのことくらいなんとかしてやろうと考えたかもしれない。篠宮さんも自分で自分のことくらいなんとかしたかもしれないよね。だけど僕たちはまだ子供なんだ、子供って守られない立場というだけで、それだけで死ぬ存在なんだね。
  子供って守られるのが当然で、生意気なことを言っても大人はなんだかんだ見捨てないと高を括っていたけれども、篠宮さんのことを平気で神様は捨てちゃったんだ。
「三芳ー、鮭弁当ととんかつ弁当どっちが好き?」
  篠宮さんが戻ってきた。
「篠宮さんどっちが好きなの?」
「とんかつ」
「偶然だね。僕は鮭のほうが好きだよ」
  ふたりで割り箸を割ってお昼を食べている最中、僕は篠宮さんに鮭をあげた。
「三芳、鮭弁当から鮭をとると何が残るんだ?」
「弁当」
「漢字じゃないよ、鮭弁当の鮭をとると米と煮物しか残らないでしょ」
「鮭は嫌いなんだ」
「鮭弁当のほうが好きって言ったじゃあない! 食いかけでよけりゃとんかつ弁当と変えようか?」
「とんかつも嫌いなんだ」
「んな!? なんて贅沢なお坊ちゃんなんだろうか。千恵さん食べるものが塩にぎりしかないってのに好き嫌いを目の前でされるってすんげー腹立つわ。食えよ!」
「篠宮さんが食べればいいじゃない。残っても捨てるだけなんだし篠宮さんが食べてよ」
  メンチを切りながら鮭を食べ始めた篠宮さんをじっと見つめた。
  篠宮さん、僕が贅沢な坊ちゃんに見えるんだったらそれでもいいよ。むかつく裕福な男くらいに思っていればいい。たくさん食べて、なんでも食べて、生きて。