前編

 本当に小さい頃、自分は将来男になるのだと思っていた。
  自分を囲んでいる素敵な男友達たちは先に男になっただけだと思っていた。
  常識が生まれて自分が女以外になれないということを知ったあとも男顔負けに生きようと思っていた。
  生意気なローゼルだった頃。
  素直で馬鹿だったローゼルだった頃。

 家族を失って路頭をさまよった時、自分が女だったことを感謝した。そして呪った。
  世の中、みせかけの善意と笑顔があふれている。
  ローゼルだったあの頃、まだ少女だったあの頃。
  さようなら、少女だったローゼル。
  誰にも許したことのなかった体はぼそぼそのパンと冷たいスープと引き替えに明け渡すことになった。
「ガリガリの体にこんなに払えないな」
  お金のかわりにもらえたのはコンビニで買ってかぴかぴになった菓子パン、そしておつりの貨幣数枚だけだった。
  コンビニでお湯をもらった。スープの素を買うお金がなかったからコンソメの素を買ってお湯の中にしずめた。
  具のないコンソメスープに乾いたパンをひたして口に押し込んだ。
  涙がこぼれた。泣く意味などなかったのにローゼルは泣いた。
  普段遊んでいる男友達たちはローゼルが事情を説明しても同じことを言った。
「彼女がいるから泊められない」
「家族がいるから泊められない」
「お金がないから世話できない」

「「ごめん、他をあたってほしいんだ」」

 他って誰だろうとローゼルは胸中呟く。自分以外の誰かなら誰でもいいってことか。
  ローゼルと遊ぶのは楽しくてもローゼルを世話するのは嫌だということだろうか。
  みんな子供だった。みんな養われてたり、一人暮らしを始めたばかりの頃だ。
  誰かを養える余裕なんてあるわけもなかった。
  頭ではわかっている、感情が呟くのだ。
「ちくしょう」って悪態ついていた。
  パンを胃につめて、昨日見上げた安いホテルの天井を思い出す。
  空を見上げて、希望などわかなかった。
  神様は屋根をくれないのか、食事をくれないのか、毛布をくれないのか、愛をくれないのか。
  ぼんやりと凍った噴水の端に腰掛けて寒い灰色の空を見上げていた。
  ひらりひらりと雪が舞い落ちた。しばらくしてみぞれ雨になった。
  このまま凍死するかもしれないと感じた。そのとき声をかけられて、下心たっぷりに
「家政婦を探している」
  と言われた。男なんて信じちゃいなかった。その言葉がどこまで本当かわからなかったが、生き残ることだけを考えて身を預けた。

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