21 モルヒネの薬 キリシュver
(ちゃんと朝昼晩食べてるのに、風邪もらっちまうなんてなまってるのかな?)
鼻を啜りながら、キリシュは黒狸に言われたとおりに引き出しを空けた。
何に使うものなのか、引き出しいっぱいに薬の瓶が詰まっていて、鼻詰まりでもわかるほどに濃い薬品臭が漂ってくる。
「黒狸、薬いっぱいあるよ」
下を向いていると、水っぽい鼻汁が垂れてくる。強く啜りながら料理中の黒狸を振り返ると「胃薬の横」と簡潔すぎてわかりにくい答えが返ってくる。
胃薬自体は蓋にわかりやすく書かれているからすぐに分かったが、横と言われても右横と左横とどっちなのか迷う。
(まあ、いいか。薬だし、何飲んでも治るよな?)
大根をおろす小気味いい音に「わかった」と返し、粉薬が入った袋をつまみ取った。
ちょうど良いタイミングでおかれていたコップを取って、粉薬を喉に流し込んでいると黒狸の顔が歪んだ。
「キーリ、その薬、何?」
「へ? 黒狸が言っていた薬だよ」
喉にのこる甘い感触は、なんだか子供用のシロップみたいだった。
コップをシンクに入れるついで、黒狸の手元をのぞき込めばまな板にはたくさんの野菜がのっていた。風邪っぴきに、気を回してくれているようですこし心が軽くなる。
心配してくれるなら、具合が悪くなるのも不安じゃない。
キリシュは大人しくダイニングテーブルもどって、頬杖をついた。
料理ができるまで、うたた寝でもしていようかと目を閉じてみるが……眠れない。
感覚は冴えて行くようなのに、体は酷く重い上、じっとしていられないほどに熱っぽさを増してゆく。
(……怖い)
熱さを増してゆく体に比例して、理由のつかめない不安感が増してゆく。
蹴躓きながら席を立ったキリシュは、黒狸の背中に飛びつくようにすがった。力が抜けてゆく体を支えるよう、しっかりと手を腰に回す。
「熱い……」
広い肩に顎を乗せ、背骨のラインをぴったりと重ねるよう密着すれば、黒狸の体が僅かに硬直した。
「薬飲んだら、どんどん熱くなって、く……っ……」
僅かに低い黒狸の体温が、気持ち良い。
「熱い……助けて」
耳たぶに唇をこすりつけてすがり、強ばる黒狸の体を逃がさないようにとさらに腕の力を強くした。
「キーリ? さっき、どんな粉薬飲んだ?」
「アルファベット、書いてあるやつ。白いフィルムの」
一拍おいて「ああ、あれか」とつぶやく黒狸の声は、堅い。飲んじゃいけなかった薬なのか? 体の奥が疼くようなこの熱は、大丈夫なのか。
不安は「へいりぃー」と、妙に弱々しい形となって漏れ出た。
ゆっくりと、黒狸が振り返る。
いつもよりも強く感じる視線に顔をそらすが、すぐに顎を掴まれ戻された。
「キーリ」
何? と答えようとした声は、息と一緒に吸い込まれた。
柔らかくて、少し堅い……ほのかに温かい感触は、体温か。間近にある銀髪をぼんやりと眺めていたキリシュは、息苦しさに喘いだ。
「んっ」
当然とばかりに割り込むよう進入してくる感触に、背筋がぐっと震えた。自分とはあきらかに違う温度と感触、匂い。
驚いて息をのめば、乱暴なまでに肩を掴まれ引きはがされる。
「なんで……?」
分からない。
何をされたのか……何をしたのか。ただ、抱き合う感触と触れる体温は心地良く、キリシュは顔を白黒させる黒狸をぼんやりと見ていた。 |