24 主人と飼い主

「下手な鉄砲は、数を撃っても結局は当たらないものだよ、黒狸くん。手に余る玩具は、愛着がわくまえに手放しておいた方が良い……と、忠告してはみたが、手遅れかもしれないな」
  薄暗い雰囲気にしては質の良い椅子に寄りかかったまま、ラスト・エルデムテンは地下から上がってきた黒狸を迎え出た。
「玩具にされているのは、俺の方かもしれませんね」
  面白いほどに歪む黒狸の顔に、ラストもまた口角を持ち上げてみせる。
「……キリシュに、何かしたんですか?」
「らしくもなく、率直な物言いだな」
  肘掛けに立てかけておいた杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がれば、視線の位置が逆転した。逆光に陰った黒狸のこめかみに、僅かだが汗が滲んで見えた。
「挨拶を飛ばして因縁をつけてくるからには、それなりの根拠があるのだろうね? まあ、あてずっぽうであったとしても、怒りはしないがね」
  眼鏡を中指で持ち上げ、黙り込んだままの黒狸を見下ろせば、悔しげに奥歯を噛む鈍い音を耳が拾った。
  マフィアにしては、心根は素直な部類に入るのかもしれない。
(鳳くんが可愛がる理由も、分からなくはないがね。良い趣味だよ)
杖で床を叩けば、僅かに肩が揺れる。顔は何ともないように取り繕ってはいるが、相当警戒されているようだった。
  野良猫と相対しているような、そんな気分だ。
「仰るとおり、根拠なんてありません。ただ、疑わしいってだけです。たとえば、ラストさんに会った直後から、キーリの調子がおかしい。そのあと、得体の知れない奴らに追い回されたらしいですしね。疑ったって、当然だ」
「そうだな、当然だろう」
じっと向けられる眼光を真っ向から受け止め、ラストは頷いてやる。
  態度が気に触ったか、気色ばんでつめよってくる黒狸をけん制するよう「それで?」と促せば、感情をいさめる呼吸が強ばった唇から零れるさまが、無様で滑稽だった。
「キリシュを、襲わせたんですか?」
  杖に体重を掛け、ラストは対峙する黒狸の頭からつま先までをざっと見やり、笑う。
  声が漏れていたか、黒狸の握り拳に血管が盛り上がる。
「言いがかりに過ぎないな、黒狸くん。鳳くんのお気に入りなら、感情だけで動くべきではないと身に染みているとおもうがね」
ラストは動きの悪い左足を庇い、歩き出す。
  かび臭い地下室特有の空気は、正直なところあまり良い記憶をもってはいなかった。
  黙ったまま、後ろをついてくる黒狸の呼気は浅く、足音は荒い。此方に思考を探られまいと、必死なのだろうがあまり上手くはない。
(この間は早々に逃げたが、今回ばかりは食らいつくしかないらしい)
  必死な姿は、滑稽であればあるほど面白い。
「君の推測は、あながち間違いではないよ。私が関与しているという点においてはね。誰もが知るとおり、馬鹿馬鹿しいゲームが終わり、シエル・ロアの実権をヴェラドニア軍が勝ち取った。結果は簡潔だが、現実は複雑だ。軍という一つの組織でありながら、内情は多層にわたり複雑化していてね。混乱に乗じて、美味い汁を吸おうと考える輩が出てきたところで不思議ではあるまい?」
「なにが、言いたいんです?」
  止まる靴音に合わせて立ち止まり、ラストはわざと杖を響かせ振り返った。
「キリシュを使って、私を殺そうと考える輩がいたのだよ。暗殺者としてけしかけるには、ちょうど良い人材だとな。まあ、稚拙な思いつきだ。キリシュは、そう簡単に御しうる人間ではないのだがね。見事に、返り討ちにされたようじゃないか」
「軍が実権を握って、なんであなたが殺されなきゃならないんですか」
「暗部は名のとおり、日の目を見ない地味な組織だ。甘んじていられるのは、根っからの人殺しだけだだろう。……が、人殺しは仕事で殺しをするわけではない。殺したいから、殺す輩だ」
殺す
  言葉にする度、黒狸のこめかみがいちいち引きつった。
「ずいぶんと親しげですね。研究室所属じゃありませんでしっけ?」
「公式には研究室育ちになっているが、私は元々暗部の人間なのだよ。当然、キリシュも暗部出身。何をしていたかは、君もよく知っているのではないかね?」
  ゆっくりと、ラストは螺旋階段を上る。
  焦らしているわけではなく、たんに足が悪いからだ。後ろをつかず離れずでついてくる黒狸がどう捉えているかは、興味は無いが。
「しかし、武人肌でないのに、よく生き残った。祥黒狸の暗殺=B私が与えた命令で、唯一、キリシュが失敗した案件だ。いったい、どんな手を使ったのか気になるよ」
  振り返れば、黒狸は僅かに口を動かし、すぐに閉じた。
  少しばかり俯いた視線は、苦悩の色が見て取れる……気がするが、定かではない。
  心根は素直な方であろうと、何もかもありのままに表現するようであれば、単なる馬鹿だ。
「まあ、いい。黒狸くん、どこか内密に話せる場所はないかね?」 
  階段を上りきれば、独特の香の匂いが広い部屋を充たしていた。
  地下の辛気くさい雰囲気は、何処にもない。いつも通りの、紅龍会の日常風景が広がっている。
「申し訳ないんですが、忙しいので……」
「キリシュ・入間がなぜ、男どもに体を開くのか。飼い主として、理由を知りたくはないかね?」
  逸らされてばかりだった視線が、初めてかち合った。
逃がさないよう睨み付けてやれば、大きく喉が動く。
「知りたいか? 知りたくないか? どちらか選びたまえ、黒狸くん」
  興味本位と天秤に掛かっているのは、後味の悪さだろう。ろくな話でないことは、最後まで聞かずとも、容易に想像がつくはずだ。
  泳ぐ目が落ち着くまで黙って待っていると、詰まった息を吐き出した黒狸が、靴の踵を鳴らした。
「会議室があります。案内しますので、ついてきてください」
  くるっと向けられた背中は、いったい何を語ってくれるのか。
  ラストは「案内してくれたまえ」とぞんざいに返し、黒狸の後を追った。

  さび付いた蝶番が、悲鳴を上げる。
  扉の閉じる音がひどく重いのは、古さと材質のせいだろう。
  薄暗い室内は肌寒く、触れたドアノブはぞっとするほどに冷たかったが、黒狸の胸中はさらに凍えていた。
  灯りはつけず、部屋の奥に置かれている電池式のランタンの淡い光を目指して進む。
  靴音は隠さず、むしろ存在を強調するように響かせば、濁った気配が僅かに身じろぎしたのを感じる。
  時折足に引っかかるのは、脱ぎ捨てたままの衣服だ。
  床に積もる埃に汚れ、黒ずんでいる。黒狸は一瞥もせず、絡んでくる布を蹴飛ばし、踏みつけて進んだ。
「……っ」
  ランタンに近づくと、か細い声が聞こえてきた。男の声だが、妙に艶めいて聞こえる。
  明暗のきつい部屋の奥で、人影がもぞもぞと動いていた。顔までは、よく見えない。闇に目が慣れていないせいだ。
「逃げるなよ、キリシュ」
  ランタンを手に持って、人影の側で膝を着く。
  淡い光を近づければ、特徴的な青い髪が闇から現れた。
「キリシュ、ほら、こっちを向けよ」
  もう一度名を呼べば、瞼がほんの少しだけ持ち上がった。金色にも見える琥珀の目が、何かを探すように泳いだ。
  ほんのりと気色ばんだ頬の熱に浮かされたように、とろけた視線はいつまで経っても定まらない。ランタンを元の位置に戻して、きめの細かい頬に指を食い込ませて顎を捉える。
「どうだ、気持ちがいいだろう?」
「――あぁっ。やっ、やめ……もう、やだぁ」
  僅かに横に振られる顔。がちゃがちゃと響くのは、両手を拘束している鎖だ。
  黒狸はにやっと笑って顎から手を離し、そのまま血管をたどるよう指先で肌を撫で、むき出しの下肢へと手を伸ばした。
  こつりと、キリシュの体を苛む淫具を指先で叩けば、鬱血跡の目立つ体を大きく反らせ、感じ入った悲鳴が上がる。
「やめろって言っておきながら、ずいぶんと楽しんでいるよな」
「いや、だ。もう、抜け……んあっ!」
  淫具を少しだけ引きずり出し、男を受け入れ続けて赤く張れた穴を、さらにひろげるようにもてあそぶ。
「ひぃ、あっ……やだ、もうっ。こんなのっ、いらない」
  閉じることを忘れた股の間では、縛られたモノが解放を待って震えている。
  淫具によって高められるだけ高められ、何度も絶頂をむかえたのだろう。僅かな隙間から漏れ出た先走りに似た薄い粘液が、肌を妖しく色づかせていた。
  黒狸は淫具を弄りつつ、キリシュの目尻に滲んだ涙を掬う。手ひどく犯されて、嫌だと泣き叫ぶ顔を見下ろせば、背筋に甘いしびれが走った。
  こみ上げてくる嗜虐心に、黒狸は涙で濡れた指で堅く尖った乳首をひねった。悲鳴に近い喘ぎ声が、とても心地良かった。
「なあ、いきたいかキリシュ? ぱんぱんに腫らして、つらいだろ」
「い……く?」
「ああ、そうだ。いきたいなら……ほら、咥えろよ」
  黒狸は淫具を再びキリシュの奥へと埋め込んで、上体を起こさせる。
  熱に浮かされ、ぼんやりと涙のにじむ眼前に、すでに勃起状態のモノを突き出した。
「やれないわけじゃ、ないんだろ? 上手く俺をいかせられたら、外してやるよ」 
  訳も分からず、ただ、息を荒げるだけのキリシュの頭をわしづかみにし、小さな唇に先走りをこすりつけてやる。
「んっ――む」
  ぬるっと、全身を包まれるような暖かさに黒狸は息を吐いた。小さな口が、一杯に広がる様に、笑いがこみ上げてくる。
「あぁそうだ、いいぞ。もっと、舌を絡ませるんだ」
  黒狸は埃が絡んだ髪を指に絡ませ頭を固定すると、ゆっくりと腰を動かした。
  嘔吐くキリシュに構わず、濡れた舌に先端をこすりつけ、柔らかな弾力をじっくりと味わう。
  気持ちが良い。
  視線をキリシュの下肢に向ければ、限界をとうに超えた起立が、早く早くと叫ぶように震えているのが見える。黒狸の動きに合わせて、淫具を飲み込んだ腰が揺れているのだ。
「……ほら、もっと飲み込めよ。出してやる」
「――ん、ぐ」
  濡れた唇から、白い体液が筋となって零れた。
  引きつった喉が動くまで待ってから引き抜けば、飲みきれなかった分が咳と共に床に落ちる。
「上出来だ。イカしてやるよ、キリシュ」
  まだ息が整わないキリシュの肩を押し、床に押し倒す。
「あぁ……もう、やめ……ひぃ、あ、ああっ!」
  ぎちぎちに締め付けられていた淫具を引き抜き、前を止めていたリングを外せば、腰が浮くほど痙攣してキリシュが果てる。
  弛緩した体が、汚れた床に沈んだ。
「ほら、まだ寝るんじゃない。これからが、本番だ」
  唾液の絡んだ己のモノをしごき、堅くなったそれをひくつく穴へとこすりつける。
  絶頂の余韻に荒い息を零すキリシュの体が、進入を拒むよう強ばるが、情けを掛ける余裕は黒狸にもなかった。
  早く、この体を味わいたい。逸る感情に急かされるまま、黒狸は熱い息を吐いた。
「いくぞ、キーリ」
「あ、ああっ、や……ひあッ」
  逃げる腰を掴み、一気に貫いた。
  絡みついてくる内壁に歓喜の息を吐くと、多量の精液の臭いに淀んだ空気が泳いだ。
「なんだ、お楽しみ中だったのか」
  楽しげな声が、掛けられる。
  黒狸はつよい締め付けを味わいながら、声の方を振り返った。
「早くいっちまえよ、チャーリー。次は俺の番だからな」