40 Dear Maria

 アマリネから、キリシュは今教会に行っていると聞いた。
  丘をのぼる。
  台地の上に教会。そこまでの景色は少しだけいつも眺めているシエルロアと違った。
  シエルロアに海があったこと、つい最近まで忘れていた。
  海の見える教会だなんてロマンチックだな。そう思って階段を登っていると教会の扉を開けて、キリシュが出てくる。
  キリシュはこちらに気づき、黒狸というよりは、黒狸の持っている薔薇に目を奪われた。
「迎えにあがりました」
  花束を差し出しす。
「花束嫌い?」
  小首をかしげる黒狸に、首をふるキリシュ。
「受け取って」
  ぐいっと差し出せば、黙って受け取る。あっけにとられているようだ。
「あとこれも」
  ポケットから出した赤いリボンにキリシュが身構えた。
  首に、赤いリボンで鍵をかける。
「もう二人で住む家も買った。広すぎるから帰ってきてくれるよな」
「家!?」
  やっとキリシュが口開く。
「うん。家」
「金あるって言ったって家はでかいだろ!」
「言っとくけど、俺薄給よ?」
「俺は無職だよ。ちくしょう」
「薄給の俺でもいい?」
「何のことだよ? 無職のオレでいいの?」
「なーに今更。金は稼いでくるよ」
「オレだって家事やるし」
「あーうんうん、それでいいから」
  てきとうに返事して笑顔を作ってみせる。
  キリシュは少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「黒狸……」
「ん?」
「この花束、鍵、迎えにきてくれたのはわかるけれどここ教会だし、プロポーズじゃねえんだからさ」
  黒狸笑う。
  もう今さら恥ずかしいことなんて黒狸にはない。
  せいぜい恥ずかしがってればいい。可愛いから。
「まだるっこしいの抜きにしよう。俺はやっぱりキーリといっしょに居たい。一人でも暮らしていけるけど、やっぱり一人は寂しいんだ」
  黒狸は手を差し出す。キリシュが躊躇して、握る。
「知ってるよ。黒狸は寂しがり屋だ。最初に俺を拾った理由がそれじゃないか」
  手をつないで、丘を降りようとしたら、キリシュに振り払われた。
  何を恥ずかしがってるんだかとにやにや笑う。
「キーリ、俺さーありったけのもんあげるよ。俺の言葉と、環境と、陽のあたる場所と、俺のとなりと、あと美味い飯と、愛と、憎しみも、悲しみも、笑いも、楽しさも、病めるときも、如何なる時も」
  キリシュはくっさい台詞に盛大にため息をつく。
「受け取っておくよ。先立つもんは必要だ」
  受け取ってくれるみたいだ。
「そーそ。キーリだけいれば何もいらないってことはないや」
「こういうときくらいそう言ってくれてもいいのにな」
  なんだよ。ああ言えば逃げて、こう言えば寄ってきて。
  キリシュは単純なつもりだろう。そりゃ黒狸だって単純なつもりだ。
  キリシュはめんどくさい。黒狸もめんどくさい。
  めんどくさい男同士うまく行くうちはやっていこう。
  黒狸はキリシュの肩に腕を回して抱き寄せた。
「薄利多売の愛がな、めっちゃたくさん、今余ってる。あげたい人が決まっててな」
  耳元でそっと囁いた。
「何もかも受けとれよ。俺のめんどくささも含めて」
  キリシュの顔は見えない。月色の瞳は眼帯に隠れていた。
「受け取るよ。全部。あと諦めてる、めんどくせーとこ全部」
  それでいいんだよそれでいいんだよと、若い恋人の肩をぽんぽんと叩く。
  顔を花束にうずめるキリシュの頬に、そっと花束に隠れてキスをした。
「さーて、家具買いに行くか。二人の新居も見せなきゃだし」

 

Dear Maria

あなたをずっと探していました。
あなたが誰なのか最後までわかりませんでした。
でも今なら知っています。
マリア――運命の恋人など存在するわけもありませんでした。
信じるもの――いまだに見つかりません。
愛する人――たくさん見つかった気がします。
信じる――今もつながっています。
つながり――寂しくなどありません。
青い猫――幸せを呼ぶきっかけでした。

キリシュ――これが俺の隣を歩いてる奴の名前です。

マリア、あなたをずっと探していました。
あなたは母の愛でした。
あなたは理想の女性でした。
俺の隣を歩いているのは、残念ながら女じゃあないけれど
俺の中にあなたの愛があることを、今の俺は知っています。
あなたを闇雲に探すのはもうやめにしまして
とりあえず、隣にいるこいつを幸せにすることにします。

愛するマリアへ。
愛する母へ――。