10失って気づくありがたみ

 誰かのところに異動させるなら間違い無くレノリアさんのところだと決めていた。
  レノリアは信用できる。レノリアならエルムを大切にしてくれる。レノリアなら俺より有能な上司になるはずだ。
  なんだかんだレノリアのことはエルムより信用しているのかもしれない。だけどレノリアは一人でなんとかすると思って助けることは少ないが、エルムにはなんだかんだ助けの手を出してしまいたくなる。
  それからしばらくの間、レノリアの下へ異動した元部下の動きが気になったが、怖いセクハラ上司とおもわれるようになるべく愛想を振りまかないようにした。仕事の量が増える時期だったため、やがて部下がいたことも忘れるだろうと思っていた。

 一ヶ月くらいした頃だろうか。
  レノリアが俺のオフィスの前まで来ると、「強がりね。一人じゃ何もできないくせに」と言って自分のオフィスへ戻っていった。レノリアさんは俺のことをよくわかっていらっしゃる。仕事は二人で片付けるのに慣れすぎて一人じゃ手におえない量だ。ヘルプを出すならエルムが一番だとわかっているが……今更どうやって声をかければいいかもわからない。ああいう選択をしたのが自分なら、結果を引き取るのも自分だろう。

 

「仕事はちゃんとこなしてますか? クソ上司」
  何事もなかったかのようにエルムがそう言って現れたのは、レノリアの捨て台詞の二日後だった。
  当然レノリアが何か言ったのは察しがついた。
「レノリアさん余計な一言を。少しはこりましたか? エルムさん。もう危険な場所へ女一人で出かけるような無茶はしませんね」
「回りくどいテキストですね」
  エルムはいつもの無表情のまま、そう言った。この少し張り詰めた空気が懐かしすぎていますぐ戻って来いと言いたくなる。
「俺どれだけあいしてるかというラブレターです。体大切にしやがりください、エルムさん」
  これでいうことを聞かないならば、戻ってきてほしくてもレノリアの元に追い返す。俺にはあなたが必要だけれど、あなたはこの職場い相応しくない。
「……ありがとうございました。気を付けます」
  しかし返ってきた言葉は案外素直だったのでほっとした。
「俺の部下に戻ってくれますか?」
  ここで断られても戻ってきてほしいとは言えないけれども、念のため確認をとる。
「どーせ仕事溜まってるんでしょう?」
  俺の部下になってくれるとは言わないエルムだということくらい自覚していたはずなのに、なんだかちょっと悔しい。悔しいくらいには可愛い大好きな人だったんだ。
「有能な部下を失ったダメ上司がどうなるかわかりますか!? 俺がエルムさんのことどれだけ便利道具と思ってたか。ありがたみに気づけてないのは俺のほうだったよ、くそっ」
「褒められたのかけなされたのかよく分かりませんが、やっぱりあなたがやりやすいです」
  珍しく素直じゃねえかとエルムの高度なツンデレを胸中褒め称える。
「どれだけあなたのことを認めていたか、どれだけあなたのことを必要としていたか、全然わかっていなかったので反省しています。全力で大切な部下として扱いますからずっとサポートしてください」
「……宜しく、お願いします」
  精一杯丁寧にお願いしたら逆にエルムは戸惑ったようだ。
「あなたは消耗品じゃない。エルムさんはクソ部下でもない」
  自分で確かめるように、はっきり言った。
「大切な社員です」
  エルムは初めて俺の前でやれやれという笑顔をつくり、「本当にどうしようもない人ですね」と言った。しょうもない上司ですみません。大切な部下のエルムさん。
  あなたのことを世界一の部下だと信じている、一番無能で一番部下が好きな上司です。

(了)

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