シエル・ロアの領主が支配権をゲームに勝った組織に譲渡すると言い出したのはその頃だ。
  ヴェラドニア軍統括のグラーク元帥はもちろんその候補の一人だ。
  マフィアが勝てば犯罪が横行する、ギルドが勝ってもきっと無法地帯になる。シエル・ロアの秩序を守るためにはなんとしてもヴェラドニア軍が勝利しなければならない。
  グラーク元帥の全員ゲーム参加命令はすべての部署のテレビで一斉中継で放送された。
「ヴェラドニアに栄光あれ!」
  衛兵全員がテレビのグラーク元帥に向かって敬礼をする。
  ヴェラドニア国内の内輪もめよりも外国の動きが心配だが、ひとまずシエル・ロアの支配権争いのゲームが始まった。

 ここで関係のないお話をしよう。湖緑はグラーク元帥のことを狂信している。
  湖緑も親に「女々しいことは許さない」と言われてきた。彼の家庭にも色々事情があるようだが、湖緑も親からなかなか認めてもらえないみたいだった。
  僕が親に反発しか感じないのに対し、湖緑は自分にコンプレックスをもつようになった。
  こんなんじゃ駄目だ。元帥のような立派な軍人にならなければ。
  そういう思いがいつしかグラーク元帥は理想の男性像という歪んだビジョンを作ったようだ。湖緑の思い込みは僕よりひどいと感じるときはこういうときだ。
  グラーク元帥は「歩く処刑台」という仰々しい異名がついているくらいだ。理想の男性像というには血生臭すぎる気がする。
  僕らはヴェラドニア国を守る仕事をしている。僕らはヴェラドニア国以外の人を殺す仕事をしている。
  歩く処刑台、グラーク元帥は僕らにシエル・ロアの民に銃口と刃を向けてもよいと言った。僕はどこかそれに心でギャップを感じながら、それでも軍人であり続けている。
  親に逆らえないからか、惰性で生きているからか、他に夢がないからか……。どれも当たっていて、どれも違う。
  きっとグラーク元帥のことが大好きな誰かさんのことが大好きで、いっしょにいるための理由が欲しいからなのだろう。

「湖緑くん、触っていい?」
  衛兵の詰所で、誰もいないのを確かめて僕がそう言うと湖緑は顔をしかめた。僕の「触っていい?」はイコール「ドレインしていい?」だからだ。
「減るもんじゃないしいいでしょ?」
「目に見えて減るじゃないですか。あなたにドレインされたあとのやる気減退具合はひどいですよ」
「僕が仕事代わるよ。ドレインしたあとの僕は元気がいいんだ」
「そりゃああなたは精神力補給するわけですから元気でしょうが……」
  湖緑はため息をつくと、電話を誰かにかけた。彼が電話を切るまでの間少し待つ。
「誰に電話かけたの?」
「生きのいい拷問を受ける予定の捕虜がいないか確認したんです」
「ひどいや。僕の異能は拷問の道具じゃないのに」
「精神的苦痛です」
  湖緑はきっぱりとそう言った。まあ僕はこの異能のおかげで小さい頃から親に手さえ繋いでもらえないし、飼ってた犬にも嫌われて犬は保健所に連れていかれた。精神的苦痛は何も相手だけでなく僕にも言えることだった。
「だいたい私やレオンからドレインするのでなく、女性の精神力のほうが美味しいんじゃないですか? 兪華さんは性格はともかく、顔も家柄も悪くないのだから、引っかかる女性くらいいるでしょうに」
  本気で言ってるの? 湖緑。実際に僕が女性と付き合いだしたら真っ先にイライラしそうなのは君だというのに。
「僕がモテない理由知らないんだっけ?」
「モテないんですか」
「何? モテると思っていたの。士官学校時代に同年代の女の子とベッドインしたらうっかり手袋外してやっちゃって、彼女全然感じないどころか途中でベッドから僕を追い出してさ、『最悪だった』って言って服着て出ていって、それが知れ渡って以来僕とそういう仲になろうって女の人、軍にはいないよ」
「その場面容易に想像できます」
  湖緑は深刻なものを見るような、同情にあふれた目でこちらを見た。だって、手袋つけてやるものじゃないでしょう。そういう行為って。僕が変だとは思わない。
「手袋つけたままやればよかったんですよ」
  しかし湖緑はあっさりそう答えた。僕が悪いと言うつもりか。
「革手袋つけた状態の兪華さんにまさぐられて喜ぶ女性を見つければいいんです。もしくはあなたがまさぐられる側に回れば手袋をつけていても大して問題ではない」
「ねえ、本気で言ってるの? そんな異物感あふれる手で興奮する女って変態じゃないの。だいたい僕がまさぐられるってどんな状況だよ」
「女性にリードしてもらうとか」
「嫌だ。そんなの」
「何故ですか?」
「え。だってドレインするときもそういう行為のときも相手を屈服して支配するのが楽しいよね?」
  僕が当然のことのように確認すると、湖緑は「そうですね」と言った。
「組み敷くのは楽しいですね」
  たぶん今彼の頭の中で組み敷かれてるのは女でなく、僕だったと思う。目がそう言ってた。
「どこかに転がっていればいいですね。そういう女性」
「うん、ドレインさせてくれて、手を繋いでくれる女の人ね」
「え?」
  湖緑が僕の言葉に最初の話題を思いだしたような声を上げた。湖緑、僕はヤラせてくれる相手を探してるんじゃなく、ドレインしてくれて寂しさを埋めてくれる相手を探しているだけだよ。

 そう。結局女性に求めているのはドレインさせてくれることと、お母さんのように手を繋いでくれることだけだった。それ以上の行為なんて面倒くさかったし、僕はそういう目的で女性と接触したいとは思わなかった。
  思わなかったが、僕が男である以上、たまに昂った熱を抜かなければ頭がおかしくなりそうになる。
  湖緑とそんな話題をしたせいか、それはその夜に来た。
  欲望と熱を外に吐き出したあと、僕は自分のことを心底汚いと思った。僕は頭の中で湖緑を汚した。
  脳内で想像した湖緑の身体は筋肉もしなやかで、乳房の膨らみも、男性器も女性器もついていなかった。
  彼の身体に、唇に、指先に、キスをして、抱き合って、身体を擦りつけて、挿入することなく果てた。
  この夢想は何度も何度もした。何度も何度も頭の中で湖緑と抱き合った。
  最初の頃は手をつなぐだけの想像だったはずのそれは、次第に抱きしめたい、キスしたい、舐めたい、汚したいとエスカレートしていった。昔は罪悪感しかなかった想像や行為に今は慣れ始めている。
  僕は湖緑とどうなりたいのだろう。頭の中の湖緑と実際の湖緑が違うことも知っているし、きっと僕がこんな想像をしていることを知ったら、彼は「穢らわしい」と言うに違いない。