思えば、僕はみんなが性的なものに興味を持つ年頃にそれの犠牲になったと感じるからそういう欲望を拒絶しているのかもしれない。
  あれが幾つの時だったかははっきり覚えていない。思い出そうとするのだけれども正確な年月が思い出せない。たしか士官学校の中学生の時だったと記憶している。
  見たこともない、話したこともない上級生に呼び止められた。
「ドレインさせてやるよ」
  と言われて人気のないところに呼び出された。彼はその言葉どおりドレインさせてくれた。
「ドレインさせてやったんだから代わりにキスさせろ」
  澱んだ目で彼はそう言った。上級生だったし、まだ僕の筋力はそんなに発達していなかった。
  押し付けるような、不快さと強引さしか感じないキスをされた。逃げようとしたら殴られて、脳震盪を起こしてるところをネクタイに手をかけられた。上級生は僕の身体や香りに興奮したらしく、ズボン越しに硬くなったものを僕の股間にすりつけてきた。当時性的な知識なんてほとんどなかったけれど、直感的に危ないものを感じて、手袋を外して根こそぎ相手からドレインして、難を逃れた。
  学生寮は女子寮と男子寮が分かれている。女子に近づくことはある年齢までは禁止されていたため、普段から花の香りを漂わせていた下級生の僕は女じゃあないけれど、女の代わりになると思われたのだろう。
  いや、違うかもしれない。恋愛や女の子には色々と段取りが必要なことは上級生なら知っていたはずだ。僕は手っ取り早く性欲処理に使えると思われたのだ。女以下の扱いである。

 とはいえ、そんな被害者でもない限り、世の男性はその年齢から性的なものに興味を持ち始めるものだ。湖緑だってもちろん僕に言ってないだけでエロ本の数冊は持っていただろうし、当時ルームメイトだったレオンはベッドの下にジャンル別に分けて置いていた。
  僕も雑誌を手にとることはあったし、興味がないわけじゃあなかったけれども、それ以上に穢らわしい行為だと感じていた。レオンは「なんで?」って顔をしていた。でも、その「なんで?」という質問にいたずらされたことがあるからとは答えづらかった。

 そして現在。
  僕は湖緑に拘束されては、彼が心ゆくまで興奮するSMプレイの真似事みたいな蹴ったり踏んだり噛んだりする行為に付き合っている。彼はサディストだ。精神的サドとかそんな範囲でなく、僕が苦痛を感じていることに興奮するタチらしい。
「何を考えていたんです?」
  頬を靴の先でなぞられる。焼けた革靴の香りが近づくたびに僕は少し気持ち悪くなる。僕はマゾじゃあないと言っておこう。どちらかといえば精神的にはサドなほうだと思う。つまりこういうことをされて、いじめられて喜ぶタチではなかった。
  どちらかといえば僕も、湖緑が傷つく顔を見ることで興奮するほうだ。
「君以外の男のこと」
  また噛まれた。所有の証とばかりに。

 絆創膏で隠すのは慣れているが、それでもレオンには「またか」と言われる。
「湖緑で遊ぶのもいい加減にしとけよ?」
  まるで僕が湖緑の心を弄んでるみたいな言い草である。
「あっちが拘束して蹴ったりするのに、僕には同情してくれないんだね」
  食堂でレオンといっしょにヌードルをすする。湖緑は今見張りの時間だから、シフトが同じだったレオンと食べることになったのだ。
  彼は今も貧乏らしく、学生時代とかわらず弁当を作って持ってきている。僕の眼の前で手作りの唐揚げを口に放り込んでいた。
「兪華、俺のフルーツあげようか」
  隣から見知らぬ男軍人がそう言ってきた。僕は食欲がなかったから断った。男はつまらなさそうな顔をして
「湖緑以外の男といっしょにメシ食ってるのに俺は仲間はずれかよ」
  と言った。レオンを見ると、眉間にシワを寄せているのがわかった。
「先輩、すみませんね。僕と彼は古い知り合いなんです」
  男は「そうか」と言って僕の後ろを通りすぎた。通り過ぎ際に、僕の尻を触っていった。
  僕は無言で立ち上がると、その先輩を追いかけた。追いかけたから、あっちは逃げた。だけど追いついて、食堂で掴みかかると一気に背負投げをした。
  他の食べている軍人たちは何があったのかわからなかったようだが、ともかく僕がコケにされたということは理解したらしく何事もなかったかのようにまた食べるのを再開した。
僕も席に戻って何事もなかったかのように食べるのを再開……とはいかなかった。尻に変な感触は残ってるし、お向かいのレオンがこちらを見ている。
「また触られたわけ?」
  レオンが行儀悪く頬杖をついた状態で僕にそう聞いてきた。「慣れたよ」と嘘をつくと、レオンは嘘を見抜いているようだった。
「人に触りたがってるくせに触らせてくれる人はいなくて、セクハラされることは多いって因果なものだな」
「そうだね。たまにはドレインさせてくれてもいいのに」
  僕はヌードルの上に乗っているホウレン草を口に運んで汁を啜る。
「俺だったら女の人に触るんだけどなあ。どうしてお前を狙う男ってお前なんだろうな?」
「知らないよ。僕だって男より女のほうがいい」
  僕はそう呟いたあと、湖緑は男にカウントされていないのかと自問した。わからない。