領主のゲームの内容が発表された。
  ゲーム全体のルールは参加者には名前の彫ってある星型のバッヂが配られる。星を一つっもつけていない者はゲーム失格となる。また、他者の命を奪う行為やゲーム以外での星の売り買いなども禁止されている。星を偽造することも。
  単純に言うと、四回あるゲームの中で金色の星を集めて、星の数が多い組織が知恵ある次の支配者に相応しいという、そういうルールだ。
  第一回戦の内容は某日某時刻、星のバッヂをつけたリスを一斉にシエル・ロアに放つらしい。バッヂは一人ひとつまでしか取れない。リスを傷つける行為をしてはいけない。他は全体のルールももちろん適用される。
  とはいえ、ヴェラドニア軍の敷地をまったくの空にして全員で臨むわけにはいかない。その間にセキュリティを破られようものなら、どんな機密情報が盗まれるかわからないからだ。
  少数の軍人は居残るように言われた。僕と湖緑くんは当然居残りである。理由はリスに拘束やドレインは不向きだからだ。
  それに湖緑はリスにもゲームにも興味がまったくない。内部での争いよりも外部からの侵略のほうを恐れて居残りを選んだ。
  僕も今回はゲームに参加したくなかった。 動物をいじめたり、利用したりするのは好きじゃあない。飼ってた犬を処分しなくちゃいけなくなった理由も僕が知らずに犬の精神力を奪ったからだ。リスをいじめるのも、他の動物をドレインするのもごめん被る。
  普段は人の行き交う道路に面した門の前で、僕と湖緑は佇んでいた。衛兵の仕事は見回りか、門番だ。僕らは門番であることのほうが多い。
  見上げると空は群青色で、星は当然見えなかった。シエル・ロアは明るすぎるのだ。隣を見れば湖緑の顔が確認できるくらいには明るい。今日はゲームの日だからライトも少し多めについているのだろう。いつも以上の空が明るいと感じた。
「湖緑くん、バッヂちょうだい」
「嫌ですよ。タダであげると思うんですか」
「じゃあ僕のバッヂあげるから」
「考えておきます」
  別にバッヂなんてどうでもいい。単に暇なとき、同じシフトの衛兵が湖緑ならばどうでもいい雑談をしてしまうのだ。
「湖緑くん、ドレインしていい?」
「嫌です」
  きっぱり断られるのも承知の上。
「あ、沈丁花の香りだ。この前お見合いのときも咲いていたんだった」
「お見合い?」
  湖緑がやっと反応した。しかしすぐに興味が失せたようで
「お見合いくらい兪華さんでもしますよね」
  と言った。なんだか僕は勘違いされている気がした。
「僕は結婚しないよ」
「どうしてです? 子供欲しいとか思わないんですか?」
「欲しくない。湖緑くんは?」
「欲しくないですね」
「僕は子供からドレインしちゃったら可哀想だと思うからだけど、湖緑くんはどうして?」
  湖緑は目を伏せると、俯き、地面を見つめた。答えたくないのかなと思って言及しないでいると、しばらく沈黙が続いた。
「私の父と血が繋がってないんです」
「うん」
  十分くらい経った頃、湖緑がぽつりとそう言い出した。
「母親に惚れた父親が彼女と結婚したとき、母は既に身ごもっていました。しかしそれは母と血の繋がった家族との間にできた私生児だったんですよ。私の父はそれでも私を堕ろすように言わなかったのだけは感謝している」
「ふうん。そうか」
「感謝なんてしてないですけれどもね」
  どっちだよ。自分は否定したくないけれども生まれてきて居づらいのは僕だっていっしょだというのに。
「私が親から愛された気がしないのに、子供をどう愛せばいいかなんてわかるわけないじゃあないですか」
「うん」
「兪華さんにだって意地悪しちゃうというのに」
「うん?」
  僕は疑問に思って語尾が上がった。そりゃ幼馴染を拘束して踏む人がいい父親になるかって聞かれたら疑問だけれども。
「湖緑くんって『愛されたい』って言わないよね」
「言うわけないでしょう。子供じゃないんだから、愛が足りないなんて言うほど幼稚じゃありません」
「僕はもっと愛されたい」
  湖緑は僕のほうを見ずに「はいはい、兪華さん愛してますよ」と言った。うん、その程度の愛しかもらえないよね。君からは。
「僕も愛してるよ」
  決死の覚悟で言ったのに、湖緑はそれに返事もせずにスルーしやがった。
  ふとそのとき、目の端にちらりと動くものが見えた。
「湖緑くん」
「しつこいですね。愛してるって言ってるでしょう」
「それはどうでもいい」
「んな!?」
「あれ、リスじゃない?」
  ちらちら木の陰を動くちいさな姿を指さして、僕は言った。
「たしかにリスですね。星をつけたリスかは確認できないですが」
「どうしよう。ドレインするのは可哀想だし、湖緑くん拘束できない?」
「リスに、拘束ですか……。兪華さん、自分に出来ないこと人に押し付けるのやめましょうね」
「しょんぼりするリスと身動きできないリスだったら見てて嫌じゃないのは?」
「答えはしょんぼりです」
「僕はリスを追いかけて素手でドレインできるほど素早くないんだよ」
  僕の必死の言い訳に、湖緑は仕方なく仕込み杖を手にとった。
  コロコロと杖に仕込まれたダイスが転がる。3の目が出たから、リスは3分間完全に動きを封じられる。
「兪華さん、リスが落ちてきましたよ!」
  リスが地面にたたきつけられる前に、僕はそっとリスをキャッチした。手の中のリスは針金で亀甲縛りされている。動物にこういうことできるってどうなんだろう。
「亀甲縛り……」
「器用でしょう」
「バッヂ外して早く解放してあげなきゃ」
「兪華さん優しいんですね」
「亀甲縛りされたリスが可哀想で」
  湖緑はそれみたことか、という表情をした。うん、僕もしょんぼりするリスのほうがマシだったと今は言える。
リスの首輪についていた星型のバッヂを外すと、リスの針金をなるべく傷つけないように解いた。地面に離してあげるとリスはまた元気よく駆け出す。
「リスってこれからどうなるんでしょうね」
「元気に生きるんじゃない?」
「シエル・ロア中に野放しにされたリスによってどんな公害が出てくるかについて話してるんですよ」
  リスは元気な前提らしい。僕は手のひらの小さなバッヂを見つめた。
「どっちが持つ? 湖緑くんが捕まえたんだし、湖緑くんが持つべきだよね」
「あまり興味ないんですけれどもね。ゲーム自体は」
  湖緑はバッヂを受け取ると、それをポケットに仕舞った。二人とも持ち場を離れたため、そろそろ戻ろうと思って踵を返したときだった。僕のうなじにひんやりとした何かがかかる。
「兪華さん」
  湖緑に呼ばれるが、先に首の後ろに触れた。べったりとした鉱物系の油の匂い。
「ガソリンだよ」
  振り返ると、後ろでボトルを放り投げている黒いスーツの少年がいた。
「動くな。バッヂを寄越せば火だるまにするのだけは勘弁してやるよ」
「湖緑くんにもう渡しちゃったけれど?」
  僕はそしらぬ顔で門の前にいる湖緑を大声で呼んだ。湖緑は誰かと接触があったことを知り、杖を構えて様子を伺っている。
「ねえ君、この男を火だるまにされたくなかったら、バッヂを渡したほうがいいんじゃない」
「バッヂくらい差し上げますよ。ただし彼に火をつけようものなら、あなたは生かして帰しません」
「ゲームのルール知ってるの? 殺しちゃいけないんだよ」
「あなたこそ火だるまにしたら死ぬ可能性があるでしょう」
  僕は少年と湖緑のやりとりをじっと聞いていた。この少年は火器の類を何も持っていない。たぶん異能は火をコントロールする類のものだろう。
「服だけ焼くって手もあるんだよ。それ化繊なら大やけどはするけれど、病院に急いで運び込めば命は助かるでしょ?」
  僕はどうするべきか考えた。湖緑の拘束を使って、僕のドレインを使えば勝てるんじゃあないかって気がするのだけれど、湖緑は今拘束したばかりだから、拘束をすぐに発動させることができるか僕にはわからない。異能は便利だけれども制限も色々あるらしい。
「星はあげるって言ってるでしょう。ほら、投げますよ」
  湖緑が少年めがけてバッヂを投げ渡す。放物線を描いた星は、彼の手の中におさまった。少年はにっこり笑って「毎度」と言って去っていった。僕は火だるまにならずに済んだようで、内心ほっとしながら湖緑の行動の軽率さをちょっとどうかと思った。
「あいつを拘束する時間さえ稼げば僕らの勝ちだったよね?」
  僕が確かめるようにそう言ったら、湖緑は馬鹿馬鹿しそうに眉をひそめて
「異能が火のものと決定したわけじゃあないでしょう。下手な行動をとってあなたに害があったら元も子もない。僕はゲームには興味ないと言ったはずですよ」
  ハンカチを差し出されて、それでうなじについたガソリンを拭った。僕は持ち場に戻ろうとした。湖緑が僕の肩をつかむ。
「バッヂ、欲しいならあげますよ。失格になればゲームに参加せずに済む」
「元帥に叱られるよ?」
「それは困りますね。じゃあ兪華さんのバッヂをください」
  最初に言った雑談が本当になるとは思いもしなかった。僕は湖緑と彫ってあるバッヂを手に入れて、湖緑は珠兪華と彫ってあるバッヂをつけた。字まで見ている人はいないから、交換したのはバレないだろう。
「大切にしてくださいよ?」
  無造作にポケットに仕舞おうとした僕に湖緑がそう言った。
「盗られないように気をつける理由ができたよ」