ベッドに入って眠りについた。
  疲れているときに限って嫌な夢を見るというのは本当のようだ。
  黒兪華が久しぶりに現れた。
  白い部屋に白いパジャマを着て兪華はしゃがんでいた。
  その目の前に黒いパジャマを着たあいつがしゃがみこんでいて、向かい合うみたいな形だった。
「本当に湖緑でいいの?」
「何をいまさら」
  考えたくもない。
  なのに黒兪華は兪華が元気がないのを知っているようで、抉るように追撃してきた。
「だって、君がどう言ったってあいつ、聞きやしないじゃあないか。愛があるようには感じないよ? まるでソドミィだ」
  湖緑は自分を愛してくれないのかもしれない。愛がなんなのかわからないと彼は言っていた。
  兪華の目からぽたりと涙が落ちた。
「もう嫌われたくない」
「じゃあ我慢するの?」
  本当にそれでいいのか? という含みのある声だった。
「湖緑くんがそれで許してくれるなら」
  もう二度目はないだろう。受け入れ続けるしか繋がっておく方法はない。
  我ながら追い詰められていると感じたが、黒兪華はそんな兪華を笑うことはなかった。
「じゃ、せめて苦痛は我慢しないで快楽にしたほうがいいんじゃない?」
  何を言おうとしているのかと考えていると、続きがあった。
「声殺すのやめればいい。痛いなら泣いて、いいならヨガればいい。きっとあいつも喜ぶよ」
  そうとだけ言い残して、黒兪華は消えてしまった。
  病的に白い夢の部屋に置き去りにされたまま、兪華はしばらく泣いた。

 恥を捨てて快楽に身を委ねてみようと思ったのは本当に疲れていたからだ。
  自分から脚を開いて腰の奥まで入るようにしてみた。
  抵抗すればするほど苦痛が大きかったが、受け入れて快楽を探すように動けばそれほど痛みのある行為でもないと気づくのに時間はかからなかった。
  湖緑はどちらかといえば兪華を征服しているときに満足するらしい。
  兪華がヨガるよりは苦痛に喘ぐほうが楽しいと感じているようだ。
  兪華が快楽の芽を摘むのが上手になればなるほど、湖緑は兪華の羞恥心を刺激したり、前戯を抜いたりした。
  湖緑が無茶をするたびに苦痛を快楽にしようともがいた。
  腰を動かしてみることもあった。動かせなかったら目を閉じて女のように感じるのを意識することも。
  無理な角度だったら受け入れやすいように従順になった。声は殺さなくなった。
「いたっ、あ、ぁあ……」
  最初の頃の遠慮も消えて、湖緑にガツガツ奥まで突かれるのは当たり前になっていた。
  もしかしたら部屋の外に声が漏れてるかもしれないと思いながらも、声が殺せなくなっていた。今じゃこの行為に抵抗なんてなかった。
「ん、ぁ、あっ……」
  兪華はもう痛いのは嫌だった。
  これが辛い、あれが痛いと数えるよりは、どうやったら楽になるか考えるほうがずっと生きやすかった。

 

 自分が生き餌のように傷ついた香りを出しているというのは薄々感づいていた。当然それに群がるハイエナがそのうち現れるということも。
それは案外早くに訪れた。クリスマスを迎える前くらいの、寒い頃だった。
  たまたま倉庫へ物を取りにいった兪華は物陰に引きずりこまれた。
  床に引き倒され、後頭部を強打して相手を睨みつけようとした瞬間、目の前に起立したものを突き出されて怯んだ。
  上にまたがった男はすでに勃起していて、兪華の顔の間近でその膨らんだものを見せつけながら荒げた声でこう言った。
「抵抗したら殺す」
  兪華は抵抗するのも面倒で相手が好きにするように任せた。
  無傷で帰りたかったのだ。抵抗するよりはやり過ごすほうが楽だと考えた。
  もうどうだっていい。どうせシャワーを浴びれば忘れてしまうのだから。
  風呂に精油を垂らして体をもみほぐしながら、顔にかかった荒々しく臭い息を思い出してため息がこぼれる。
  別に女っぽい体なわけではない。年齢だってもう二十半ばだ。
  髪型だっていがぐり頭だというのに、何がどうして自分なのかわけがわからなかった。 深く考えるのは止すことにして、とりあえず布団に潜った。
  あいつが自分のことを咎めに来るのは想像がついていたことだ。
  案の定、眠りに落ちたやいなや、目の前に黒兪華が姿を表した。
「ねえ。君いつからそんな節操なしになったの?」
  黒兪華の質問には鼻で笑ってしまった。まったくそのとおりだと感じたからだ。
「そんな湖緑じゃない奴にも脚ひらくんなら僕も君と交わりたいなあ」
「最悪なモテ期だな。自分とまでヤるつもりなんてない」
  黒兪華は壁際にしゃがみこんでいる兪華の足元まで歩いてくると、ゆっくりしゃがみこんだ。
  目の前で見るとやっぱり自分自身のようで、これを自分の一部と認めるのは癪だった。
「僕のことを君自身だって認めてくれるの?」
  黒兪華が差し出した手をぱしんと払いのけた。
「不愉快」
  そう言ったはいいが、黒兪華はもう一度手を差し出してきた。もう一度邪険にしてみるが、再度黒兪華は手を差し伸ばしてくる。
  何がしたいんだと思ったとき、兪華は自分がまた泣いていることに気づいた。
  兪華の涙を黒兪華が静かに拭った。今度は抵抗しなかった。
「慰めてあげるよ」
  黒兪華の唇が自分の唇に触れる。
  兪華はもうどうでもいいと感じた。好きにすればいい。
  それが淫夢の幕開けだった。