夢の中は基本的にファンタジーな快楽も地獄も存在した。
  吐精しても快楽の波がひかない、女性器をつけられて犯される、触手、虫姦、気持ち悪いと思うような性交が当たり前のように行われる。
  黒兪華は殴ったり犯したりなじったりしながら、兪華が従順だろうと抵抗しようと最後はやさしく撫でてくれた。
  撫でてくれるだけならばいいのだが、余計な一言がついてくる。
「湖緑は君のこと性欲処理ぐらいにしか思ってないんじゃない? 君の愛情なんて利用されるだけで終わりだよ。で、どうされたいの? 湖緑にされたかったこと全部俺がしてあげる」
  別にそれだっていいじゃないか。
  どうせ黒兪華だって兪華のことを性欲の対象にしか見ていないのだろう。
  いや、逆か。この幻想そのものが自分の生み出した欲求不満の解消方法なのかもしれない。
  あまりに屈折している自分に笑いがとまらない。
  なのにどうしてか笑えなかった。

 夢から覚めたと思ったのに眼の前に黒兪華がいて、また押し倒されたこともあった。
  逃げ切ったと思ったのに
「まだ遊んでいきなよ」
  とスタート地点に戻されたこともあった。
  黒兪華は夢というテリトリーの中では兪華よりはるかに行動が自由自在だった。
  夢の中で30時間くらい気絶できない程度の快楽でずっとやられつづけて、起きたら2時間寝てなかった時にはこのまま快楽で殺されるんじゃあないかと思ったくらいだ。
  この時期の兪華の睡眠はともかく断続的だった。
  水を飲んで寝ると、さっきとは違うパターンの淫夢がまた展開することもあったくらいだ。
  ここは夢だとわかっているのに逃れる方法がわからない。
  自分を押し倒した黒兪華が兪華の下腹部を撫でた。
「君の精巣汚れてるから掃除してあげるよ」
  いうやいなや、ずぷりと黒兪華が手を突っ込んできた。そこで目が覚めると、朝立ちした挙句、下腹部に甘い疼きがあってこれはマズいと感じた。

 

「何を考えているんです?」
  湖緑は兪華が目隠しをしていても別のことを考えていると気づくようだ。
  湖緑はすぐに嫉妬する。
「答えたくない」
「どうせ他の人のことでも考えてたんでしょう。兪華さんを抱いてるのは私なのに」
  そうだよ、とも違う、とも答えられなかった。
  湖緑に兆したものを根本から掴んで刺激される。
  喉が震えた瞬間、あらん限りの力で掴まれてぎゃっと悲鳴に変わった。
  爪を立てられてひるんだ声をあげると、湖緑の獰猛な笑いが聞こえた。
「考えられないくらい痛くしてあげますよ」

 

 湖緑に性行為をされるときは半ば諦めていたことが色々あった。
  拘束されようが目隠しされようが最近は身体も精神もちゃんと順応するようになったけれど、それでもそんな行為が好きなわけではない。
  黒兪華――こいつが相手だというのも癪だが、相手が自分自身だとわかっているため、嫌なときに「いやだ」とはっきり言ってしまう。
しかし黒兪華も本気で嫌がってるのと快楽押し広げる瞬間の嫌を理解してるので、いやだと言われたくらいじゃやめない。
  黒兪華は好みも本気で嫌なことも把握しているため、そこはされたくないという快楽をどんどん押し広げていく。
  恥ずかしいし嫌悪もあるのに突き抜けるような快楽を伴う。
  夢の中だから声を殺す必要もなければ、羞恥心はだんだんと薄れていく方向にもっていかれた。
「ぁ、あっ……ん、あっ」
「いい声で鳴いてるじゃない。どこが欲しい?」
「や、んっ、そこちがっ……」
「へえ。じゃあここ?」
  じっとりと時間をかけて何度もイカされ、ひと突きされるごとに体が跳ねるまで改造されていた。弱いところを穿たれてびくっとして黒兪華にすがった。
  どうしてこれが湖緑じゃないのだろうと思うこともあれば、むしろ兪華自身、自分の出してる声のいやらしさに危機感を覚えることもあった。
  自分はどうなるのだろうと思ってしまう。
  そう考えた瞬間、脳内にねっとりと喘ぐ自自分の声が大音量で再生された。
「何、これ……んっ」
「君の喘ぎ声」
  自分の声だということくらいは想像がついている。しかし耳に馴染む声は自分のものでも、そのしなのある嬌声は男のものとは思えなかった。
「女みたいでしょう? 淫らでさ」
  黒兪華はにやりと笑い、兪華の体を奥まで貫き、中でだくだくと脈打たせた。
  床には黒兪華が射精して兪華の体からこぼれた体液と、自分が断続的にイクたびにこぼした液体が散らばっていた。
「孕むほどやってあげる」
  ねえ、もう無理。そう言っても聞いてくれそうもなかった。本当に孕んだりすることはないだろうな? と疑うくらいに、この淫夢は何でもありだった。

 

 拘束されて目隠しされていつものように服を剥がれる。
  ズボンが抜き取られて下着が脱がされて、そのあたりで、兪華は湖緑に要望を言った。
「痛い方がいい」
  自分の体を愛撫していた湖緑の手が一瞬躊躇したように止まった。
  もう一度同じことを言ってみた。
  怪訝な声がかえってきた。
「兪華さんそこまでMでしたっけ? それとも開発されたんですか」
「湖緑くんのことだけ考えていたいから」
  湖緑の機嫌が悪くなっていくのが、彼の放つ空気でわかった。
「ふうん。誰としてきたのか知りませんけれども、あなたのことを逃すつもりなんてありませんよ」
  湖緑の手袋を腹の上に脱ぎ捨てられた。そして兪華の脚を高く持ち上げられる。
「あなたは私のことだけ考えていればいい。それが憎悪であれ、愛であれ、私には関係がない」
  前戯もなしにいきなり貫かれて、痛くないわけもなかったが、湖緑以外のことを考えたくなかった。誰のことも一切考えたくなかった。

 

 黒兪華に身体に手を突っ込んで内臓をまさぐられたことがあった。
  激痛で意識が飛ぶのだが、飛んでる最中は痛みが引いていて愛撫のようななんともまったりした感覚になるのだ。
  快楽で意識が引き戻されると激痛がまた走る。
  内臓愛撫終了すると、脳みそに手を突っ込まれる。
「小脳にちょっと快楽の信号送り続けるだけで君なんてあっさり壊れるよ」
  そう言われた瞬間おそろしい衝撃に近い快楽で意識がふっとんで目が覚める。脂汗がだらりとこぼれた。
  このままじゃマズいと思った。

 兪華は寝るのが次第に怖くなっていって、不眠状態に陥った。
「寝たくない」
  と言い出したら湖緑がさすがに心配したようだった。
「手をつないでいてあげるから寝てください」
  そう言われたら寝ないわけにはいかない。
「湖緑くん、手ぇ離さないでね」
「子供みたいですね。兪華さん」
  がしっと手を握り、そのまま意を決して目を瞑った。
  が、目を瞑って、次に開いたときは兪華よりも湖緑のほうが驚いた顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「夢見が悪かった」
  額の上に手をのっけてぼんやりしている兪華がため息をつくと、湖緑は少し間を置いてこう言った。
「いやらしい夢でも見てたんですね」
  寝言を湖緑本人に聞かれたらしく、兪華は表情がかわるほどぎょっとした。
  兪華が気まずそうに背中を向けると、湖緑も恥ずかしがるように視線をそむけたのがわかった。
  しばらくしたあと、ベッドが軋む音で振り返ると、湖緑がこちらに乗り出してきている。
「優しくするからしてもいいですか?」
  兪華は寝起きのぼんやりしたままの思考でこくりと頷いた。
  普段は引き剥がされるのを待つだけだが、今日は服を脱いで、ベッドに寝そべる。湖緑も服を脱いで兪華の上に乗ってきた。
  湖緑に向かって手を差し出すと、彼はその指に食むようにキスをしてくれた。
手のひらに、ひじの内側、鎖骨、キスを繰り返して次第と兪華の体温を上げていった。
「んっ……」
  湖緑の唇が兪華の喉仏を舐めたとき、体がのけぞった。
  淫夢から覚めたばかりのせいか、普段より感じ入っているようだ。
  久しぶりに痛みを伴わない快楽に兪華は目を閉じた。
  いきなり視界に黒兪華が笑ってるのが目に入ってきて、その瞬間叫び声にかわった。
  湖緑を押しのけたことに気づいたのはその直後だ。
  何がどうなってるのかわからないといった表情をしている湖緑をフォローするほど兪華には余裕がなかった。
「ごめん、やっぱり僕、疲れてる」
  てっきりまた怒られるかとおもいきや、心配そうな表情を湖緑はした。
  そのあと諦めたようにこう言った。
「別に、今更がっつくほどじゃあないですよ」
  湖緑は服を着て即座に出て行ってしまった。
  行かないで。
  もういやだ。
  痛いのはいやだ。
  痛くてもいい。
  いっしょにいて。
  ひとりにしないで。
  ぐるぐる廻る言葉と錯綜する思考の中で、毛布の上に涙がぼたぼたとこぼれた。
「っ、ぐ、ぇ、ひぐ……」
  声を出して泣いたのはいつぶりだかわからない。
  もういやだ、もううんざりだ。
  終わりにしたい、終わりにしたい。
  疲れきって兪華は泣き続けた。