かといって、兪華の今までの痴漢被害者体質がそう簡単に治るわけでもないのだが。
「ねえ、湖緑くん、こいつどうする?」
  拘束された状態の男の前に、私服姿の軍人二人が、一方は仕込み杖を構えて、もう一方は頑丈そうな軍用ブーツで土を蹴ってじゃりじゃりと言わせている。
「そうですねえ。痴漢で半殺しも可哀想ですし、兪華さんのドレインで勘弁してあげたらどうですか?」
「ドレイン? 任せてよ」
  兪華が黒い手袋を引き抜く。
  何をされるのかよくわかっていない痴漢ががくぶる震えている頭の上に、兪華は手をのせた。
「あれ?」
  兪華はその瞬間、自分の手がドレインとは違う効果を放っていることに気づく。
「どうしました?」
「なんかドレインできない」
「……。異能がかわったとか?」
  そうか。もうドレインしなくても愛情が感じられるようになったからドレインする必要がなくなったのか。
  自分の手のひらを見て、なんだか感慨深いものを感じた。
「愛が奇跡をおこしましたねえ」
「ねえ湖緑くん、今のボケ?」
「私に愛されてもうドレインする必要がなくなったんでしょ」
「歪んだ愛でも満ちればなんとかなるのか」
「異能ドレインじゃなくなったらどうなったんでしょうか」
「ところでこいつどうする?」
「ドレインできないなら仕方がありません。拘束が聞いてる間にボコりましょう」
「衛兵の台詞なの? それ」
「真面目ですね。兪華さん」
「湖緑くんがちんこをヒールで踏みつければそれでいいと思うんだ」
「あなたのほうがえぐいですよ兪華さん」
「お尻さわったがヒールでイチモツ踏まれるじゃ釣り合いとれませんね」
「そうだね。残酷だった」
「下半身裸にして犬のように歩かせますか」
「それきっと湖緑くんの評判が落ちるよ。僕は遠くで見てるけど」
  そこまで兪華と湖緑のやりとりを聞いたあと、痴漢はゆっくりと拘束されたままの両腕を前に差し出した。
「自首します。軍へ連れてってください」

 

「兪華、また痴漢被害かよ。それでも軍人なのか?」
  書類を書いてくれたのはよりによってレオンだった。
「レオンくん、痴漢ってどこにでもいるよ」
「いるにはいるけどお前砂鉄を引き寄せる磁石じゃねーんだぞ」
「痴漢磁石?」
「なんだそれ新手のAVか?」
  どうだっていいやりとり自体が懐かしすぎた。日常に戻ってきた気がした。
「レオンくんドレインできなくなった」
「マジかよ」
「うん。どうすればいい?」
「ドレイン以外の方法探せば? 抱きつくとか手をつなぐとか」
  驚いたような顔をした兪華に、やっぱり気づいてなかったのかとレオンはそんな表情をした。
「よかったな。もう手つなげるんじゃね?」
  誰も嫌がって手をつないでくれない状態からは抜けられたのだ。
「レオンくん手つないでくれる?」
「ざけんな。きめえ、帰れ!」
  しょんぼりした兪華に最近調子が悪かったことを気にしてか、レオンは
「わかった、繋いでやるよ」
  と慌てて言い直した。
  戸惑いがちに握りあった手を見つめて、兪華が感動したように呟く。
「レオンくんの手あったかい」
「なあ。今俺寒気した」
  レオンが手を離そうとした瞬間、勢いよく屯所の扉が開く。
「兪華さん! またレオンに甘えてるんですか」
「おい。女房きたぞ」
  湖緑はつかつかと近づいてくると、レオンと兪華の間に割り入る。レオンは「とらねえよ」と馬鹿馬鹿しいとばかりに呟いた。
「レオン、言っときますけれど兪華さんが下ですからね」
「聞きたくない事実だったけど兪華じゃ誰もが上だと思う」
  なんで自分が下で女役ばかりやらされるのかまったく納得がいかないが、湖緑とレオンは納得がいったようにうなずきあっていた。
  兪華は先程レオンと握った手を見つめる。
  その手はあたたかかった。ドレインしたときとは違う心地よさがあった。