後編

 レムのことは正直よくわからなかった。
  彼が何故自分に執着するのかも、何故好意的に思ってくれているのかも、どうしてエルムがレムの誘いを断れないのかも。
「次、いつ会える?」
  それは上司の黒狸からレムのところへお礼に行くように言われた日だった。
  エルムにとってはほんの気まぐれだった。アイスが食べたくて仕方がないわけではなかったし、レムといっしょに居たかったわけではなかった。
  間の悪い雨にやられて、車まで傘で送ってもらった。
  そのときレムに、そう言われた。
  車のキーを探しつつ、エルムは今月の予定を考える。
  もちろん挟むスペースもないし、挟むつもりもなく、断る方法を考える。
「来月以降ね」
「今月始まったばかりだよ」
「今月の予定に組み込んでないから」
  エルムの返答にレムは不満そうな顔をした。自分が悪いわけでもないのに、レムが勝手な都合で予定を詰めようとしているのに妙なバツの悪さがあった。
「来月しか空いてない?」
「休みとれないから」
「忙しいんだね。エルムって仕事好きすぎだと思う」
  自分がワーカーホリックなのは認める。だけどそれを指摘されて直すつもりはあまりなかった。
  余計なことをごちゃごちゃ考える時間が減るというのはありがたいことだ。心で感じていることは邪魔になっても解決につながることは少ない。
「ねえ」
  レムの声はやさしい声とは違う。男としては甲高く、少し掠れた、たいていの場合は語調に棘すら感じる声だ。
  相手が悪いとは思わないが、呼ばれると不機嫌にさせたんじゃあないだろうかとさえ感じる。
「今月会いたいよ。会いたい」
「我侭言わないで」
「帰り道は? 紅龍会まで迎えに行く。送る間だけ話したい。駄目?」
「駄目」
  何故疲れている仕事帰りにレムの相手をしなければいけないのだろう。
「どうしても駄目?」
「疲れてるし」
「絶対駄目?」
  この男、YESと言うまでずっとそうしているつもりだろうか。
  エルムは小さくため息を吐いた。落ち着こう、別に悪さされるわけじゃあない。襲うつもりがあるなら最初の段階で決着がついていたはずだ。
「帰るだけだからね。何かしようとしたら大声出すから」
「送るだけだよ。何かしていいの?」
「大声だすって聞いてた?」
  呆れたようにエルムは呟く。エルムに傘をかざしているレムの表情からは何も読み取れない。
  これで少し喜ぶなどの反応があればもう少し付き合いやすいのだが、伝わってくるのはピリピリした空気だけだった。