04部下A倒れる

「お前、過労死フラグは折るためにあるんだぞ」
  タイムカードが三週間真っ黒になっていることに気づいたのは月末になりだした頃だった。
  プリントアウトした紙を見ながらカレンダーに時間を書き込んでいく。
  9時入社12時帰宅
  10時入社7時帰宅
  10時入社9時帰宅……
「この日とこの日とかどこで睡眠とってるんだよ?」
「徹夜です。家でも仕事してました」
「仕事休め」
「あなた一人にやらせるのには不安が残りますから」
  若いからといってこんなスケジュールで働かれたらすぐに倒れるのがわかっている。
「仮眠とりやがりくださいクソ部下」
「いい加減お仕事させてくださいクソ上司」
「いい加減消耗品気取りやめてください充電式部下」
「あなたこそ部下の消耗ゼロになるまで使い切って充電するのやめてください省エネ上司」
  わけのわからないやり取りをしたあとに、エルムに今日は家に帰って休むように言って帰した。帰りに仕事を持って帰ろうとしたのも止めた。
  一人でブローカーたちに指示のメールを書いたりしていると、帰した一時間後くらいに電話があった。
  液晶を見ると「愛する部下A」の文字。
「もしもし? エルムさん、お休みしています?」
――すみません、黒狸さん。明日仕事へ行けません。
「どうかしたのか?」
――途中で倒れて病院に担ぎ込まれました。明日まで検査があるようなので出社できません。
  ああ、ついにやっちまったと思わずにはいられない。大事にならなくてよかった。
「だから栄養ドリンクは無敵の薬じゃないって言ったでしょ」
――ご迷惑おかけします。午後には出社しますので。
「エルムさん……せっかくだからお休みください。そんな時にまで無理してほしいとは思いませんから」
  どうしてこの部下は休むという言葉を知らないのだろう。始終動き続け、向上し続けなければいけないと思っているらしい。
「ごめんなさい」
――何ミスったんですか? 私が職場復帰できるまでに間に合うことですか?
「色々と」
  エルムが休めない原因のひとつは自分が信頼されてないからだ。電話の向こうで小さなため息が聞こえた。こんなものさえ、普段の彼女より弱々しいと感じた。
――明日の午後までに失敗をリスト化しておいてくださいね。片付けますので。
  通話は一方的に向こうのほうから切られた。恨めしそうに携帯を見つめて、それをデスクに伏せる。
  自分でやらなきゃいけないこと、片付けなければいけないミスを紙に書き出す。たいてい、でかく失敗していなければ片付く範囲の内容だ。よい仕事はできないかもしれないが、8割で仕事を片付けるのは慣れていた。
  終電を逃す時間まで本気を出したのは久しぶりだったかもしれない。
  病院で夜中に携帯を見ることはできないと思うが、明日一番に電話してやろうと思った。
  ミスは片付いたのでゆっくりお休みください。と。