06断崖絶壁部下

 エルムのことを断崖絶壁の胸と言った奴がいるらしい。誰が言ったのか知らないが、紅龍会で断崖絶壁といつの間にか広がっている。
  俺がエルムを連れてすれ違ったどこの部署ともわからぬマフィアの兵隊が「断崖絶壁さんだ」と言ったのが聞こえた。こんなところまで広がっているのか。
「エルムさん、胸の平らな女性は素晴らしいです」
「フォローはいりませんよ。クソ上司」
「コンプレックス燃えです。胸にいくはずの栄養を俺のフォローに使ってくれてるのですから感謝しないわけがありません」
「そんなフォローいらないんですよクソ上司」
  低く小声で「どうせ私、魅力なんてありませんから」とエルムが呟いた。卑屈卑屈、そんなこと言われて可愛いと思う男ばかりだと思うなよ? と思ってしまうが、本人はそんな自覚さえないのだろう。
「エルムさん自分に魅力ないと思ってるとしたら大間違いですよ」
「フォローはいらないと言ってるじゃないですか」
「紅龍会にかぎらず男は女に飢えてますから。あなたも間違いなくターゲットです」
「それって私が魅力的なのと違いますよね」
  たしかにそうだ。だけど言っていることの論点を理解していない。断崖絶壁だからといって性的魅力がないわけじゃあないし、男がそういう対象から除外しているわけじゃあないということを理解していないのだ。
「俺がエルムさんを落とすとしたら……」
「なんですか? いきなり」
「やさしくする」
  弱ってるときに、特にひどくやさしくするだろう。ずっとやさしくするだけで落ちる。いとも簡単な方法で落とせることくらいわかっている。
  エルムは眉間にシワを寄せる。何が言いたいのかと言いたそうな顔をした。
「やさしいだけの男に注意しろよ? 男なんて初対面の女にだって寝るためにはやさしくできるんだからな」
「あなたが思っているほど女性を馬鹿だと侮らないほうがいいですよ。誰もがクソ上司の手腕にはまるような馬鹿な女ばかりじゃあないんです」
  誰がお前のような不幸そうなリスキーな女に手をだすものか。
  部下としても手にあまるのに恋人なんかにしたら何も手につかなくなってしまう。自分で暴走していることにさえ気づかない部下Aめ。
「結論としては、断崖絶壁には夢がいっぱいということです」
「セクハラですね。そろそろ現場に向かいましょう」